物語の欠片 金色の馬篇 17
-カリン-
カリンが王に報告をしに行くと言うと、レンは中庭で待ってるよと言った。
王に面会を申し入れると、王の私室に通された。王の私室に通されるのは久しぶりだ。カリンがマカニへ去ってからは初めてだった。
ひと通り報告を聞くと、王は頷いた。
「実はパキラから書簡を貰ってな。あやつも大胆な決断をした。……しかし、そなたの申したとおり、本当にポハクの未来を変えることとなったな」
「はい。畏れ多いことです」
カリンが言うと王は笑った。
「そなた、エンジュに似てきたのではないか? 心にもないことを言う。いや、それとも本人は本当にそう思うておるのか」
「それもまた、畏れ多いことです」
カリンも笑った。
「傷はもう良いのか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。もう、ほとんど綺麗になりました。この分だと跡も残らなくて済みそうです」
「それは良かった」
ポハクから戻ってまだ十日しか経っていないが、それからの傷の治りは早かった。やはり、あの馬は浄化されたのだとカリンは安心した。
「……まだ何か気がかりなことが?」
良かったと言いながら王の表情には翳りが見える。
「ローゼルが婿の話を断って来た」
「……そうですか」
「王や姫に忠誠は誓う。しかし自分は王になる器ではないと言う」
ローゼルは決断したのだ。少なくとも、先代の族長に逆らえなかったパキラのようにならずに済んで良かったとカリンは思う。
「また振り出しだ」
「大切な問題ですから」
「そうだな」
「姫様は何と?」
「仕方がないことだと言うておる。……できれば声を掛けてやって欲しい」
「そのつもりです」
「そうか。礼を言おう」
「いえ」
王は大きな溜息を吐いた。
「さすがに王族は世襲制を廃止するわけにもいかぬからな」
型破りなそなたならどうする? と、王は揶揄うような口調で言った。王にしては珍しい。本当に困っているのだとカリンは思った。
「無責任を承知で申し上げます。……わたくしならば、女王を認めると思います」
王が目を見開いてカリンを見た。カリンは微笑んで続ける。
「歴代、王子の嫁選びより姫の婿選びの方が難航します。それは外から王になるべき人物を呼び込むからです。敷居が高い。……少なくとも姫様は、守られているだけの姫ではなく、ご自分で仲間のことや国のことを考えて行動できる頼もしい姫に成長されています。姫様が王になられるならば、それを支えてくれる婿を選べば良い。ローゼルも化身たちも、喜んで姫をお助けするでしょう」
わたくしの妄言です。カリンはそう言ったが、王は考え込んでいる。
「……そなたは本当に型破りだな」
「はい。わたくしが姫でなくて本当に良かった。わたくしは自分が姫であってもマカニへ行ってしまったかもしれません」
「そなたは自分のやるべきことは棄てられまい」
「さて、どうでしょうか」
「本当に……エンジュに似てきた……いや、元々似ておるのか」
王は少し遠くを見るような目になった。
「エンジュのことは、よく解らぬ。能力がある男だとは思う。しかし、何を考えておるのか、どこまでが本心なのか、全く読めぬのだ」
「知る必要がおありですか?」
「知りたくなるのが人というものだ」
「それは……恐れているからです」
「……なるほど。そなたのことは恐ろしくはないな」
「わたくしは族長様が大好きです」
「それを王の前で申すか」
「族長様は、悪いことはお考えになりません。ただ、ご自分で線を引いていらっしゃるだけです。ご自分からは決して積極的に陛下に関わりますまい」
王は驚いた顔をした。
「……考えてみよう」
王は、何をとは言わなかった。
中庭では、レンとローゼルが並んで腰かけて話をしていた。レンが先にカリンに気がつき手を振る。
「随分無茶したんだってな」
ローゼルが挨拶するよりも先にそう言った。
「随分な挨拶ね。もう平気よ」
「陛下と話したのか?」
「うん。ローゼルのことも聞いた」
カリンがそう言うとローゼルは笑いを漏らす。
「陛下はお前のことを相当信用しているのだな。おそらくまだ局長も知らないことだ」
「それではきっと姫の幼友達としてお話しされたのだわ。姫様とはきちんとお話しした?」
ローゼルは頷く。
「最終的には姫も、俺を王にすることは俺のいいところを潰してしまうとご理解くださったようだ」
ローゼルが王になったら全部自分で抱えてしまいそうで恐ろしいとカリンも思っていたのだ。だから、姫が王だったら良かったのに。そうすればきっとローゼルは全力で姫を支えただろう。
「良かった。……私も機会があったら姫様とお話ししてみる」
「そうしてくれ」
カリンはレンの方を向いた。
「私、この後は考古学室に行ってジニア様に遺跡のことを報告するの。その後は薬師室に顔を出す。レンはどうする?」
「邪魔にならないならついていくし、気兼ねするなら図書室に居ようかな。ナウパカ殿とは少し仲良くなったんだ」
「ローゼルとの話は終わったの? じゃあ一緒に行きましょう。事故現場が見られるよ」
「笑いごとにできて良かったよ」
レンは笑ってカリンを睨んで立ち上がった。ローゼルはまだ腰を下ろしたままだ。
「ローゼル。私はローゼルの決断を尊重するよ」
カリンは座ったままのローゼルに再び声を掛ける。
「イベリスに礼を言いたい」
ローゼルは前を向いたままそう言った。
「来月姫の誕生祭まで待てないならばポハクに行くか書簡を出すか。……イベリスはポハクの族長様の所に居るわ」
「レンに聞いた。良かったな」
ローゼルは笑った。最近、ローゼルは以前より笑うようになったとカリンは思う。表情も柔らかくなった。
「そう言えば、お前ももうすぐ誕生日だろう?」
「うん。十七歳は激動の一年だったなあ」
去年の今頃、闇はまだ浄化されていなかった。夢の謎も解けてはいなかった。カリンは大きな間違いを犯し、もう二度とマカニへはいけないと思っていた。ヨシュアの家で、声も出せずに泣いていた。それなのに、自分は今、マカニでレンと一緒に暮らしている。
「今、幸せか?」
「とてもね」
「そうか、良かった」
ローゼルは漸く立ち上がった。立ち上がり、カリンの頭に手を置く。
「ローゼルは?」
「俺は……分からない。少なくとも不幸ではない。だが、自分の幸せがよく分からないんだ」
カリンは微笑んだ。
「ローゼル、随分自分の気持ちを素直に言葉にできるようになったね」
「……そういえばそうだな」
「いいんじゃないかな」
「え?」
「私、今とても幸せって言ったけれど、つい十日前は苦しくてひとりでベッドで泣いていた」
「……そうか」
「その、繰り返しだわ。でも、自分に嘘をついては駄目だよ。幸せなんだって思いこまなくてもいい。悲しい時は悲しんでいい」
ローゼルはカリンの頭をぽんぽんと叩いた。
「そうだな」
それからローゼルはレンの方を向いた。
「話ができて良かった」
「僕も」
レンは微笑む。ローゼルは、じゃあまた、と言って去っていった。
意外なことに、レンとユウガオは初対面だった。考えてみればそうかもしれない。ユウガオは、任命式と復興祭の際に遠くからレンを見たことはあるが近くで見るのすら初めてだと言った。
「そんなに珍しいものではないですよ」
「いや、カリンの夫だっていうだけでかなり珍しいよ」
ユウガオはいつもの調子で笑った。
「お前、怪我は治ったんだろうな」
ユウガオが笑いを引っ込めてカリンを睨む。
「大丈夫。今ならちゃんとユウガオさんを助けられますよ」
笑って言うカリンを疑わしい目で見た後、レンに本当ですか? と尋ねる。
「多分。……僕も保証はできません」
「もう痛み止めも飲んでません」
カリンが言うと、ユウガオはようやく納得したように頷いた。
「そう言えば、ユウガオさんはポハクのカメリアさんという方をご存じですか?」
カリンは訊いてみた。
「あ? ああ、ポハクの貿易商? 直接相手をしているのは法務局の交易室の奴らだよ。俺は交易室の指示の元、薬の在庫管理をしているだけ。確か……ススキとかいう人が担当だったと思う」
「なるほど」
「どうかしたか?」
「いえ、先日ポハクの件に関わった時にお会いしたので」
「ああ。じゃあ、お前だな。血栓の薬をポハクの医師が自分で要求してくるなんておかしいと思っていたんだ」
「さすがユウガオさん、そこは把握しているのですね」
「馬鹿にするなよ」
「していません。ユウガオさんのことはとても尊敬しています」
それは本心だった。
「ならいい」
ユウガオはそう言って笑った。そしてふと真面目な顔になる。
「……お前、もうマカニ族なんだな」
「はい」
城へ来る時にはきちんと官吏服を着ている。見た目は何も変わらない筈だった。
「こいつ、どうですか?」
ユウガオはレンに尋ねた。視線がレンの翼に行く。
「カリンはどこに居てもカリンですよ。でも、そうだな。お城で見るよりはのびのびしていると思います」
「そうか。城じゃ変わり者だけど、きっとマカニでは普通なんだろうな」
「うふふ。ユウガオさん、正解。マカニは、変わり者の私を丸ごと受け入れてくれるのです」
「俺もマカニに行ってみたくなった」
「ユウガオさん、何か悩んでいるのですか?」
「いや別に。……でも、お前が居ないと少しつまらない」
カリンは驚いた。
「なんだよ。驚くことないだろう? 悩み事があった方が良かったか?」
「いえ……ユウガオさん、面白がっていたのですか?」
「まあな」
「それでは、残念でしたね」
「まあな。でも、未だにしっかり城でも事件を起こしてくれるからまあいいや」
「この間のはユウガオさんがきっかけです」
「違うよ。ポハクの魔物の話。城中の噂だ」
「陛下にも先程ご報告してきたばかりなのに」
「人の噂は怖いよな。だから、変な噂を立てられたくなかったらちゃんと面白いことは俺にも報告しろ」
ユウガオはそう言ってにやりと笑った。
「ユウガオさん、いい人だね」
ヨシュアの家に向かいながらレンが言った。カリンは頷く。これからヨシュアの家で少し早いカリンの誕生祝をする予定だった。
本当に変化の激しい一年だった。カリンはレンの横顔を見る。
「何?」
気がついたレンが優しく微笑んだ。
「レンと居られて嬉しいなと思って」
「僕にとっても変化の多い一年だったよ」
「そうだよね」
闇の浄化という出来事があったのだ。直接浄化に関わらなかった者にとってもこの一年の変化は大きかっただろう。関わった者にとっては尚更だ。
「去年の今頃は、成人を迎えるカリンに弓を譲ろうと思っていたのになかなか会えなくて、もどかしい日々を過ごしていた」
レンもそうだったのだ。カリンは自分を保つだけで精一杯だった。
「今年も相変わらずカリンに振り回されている」
「レン?」
そう言うレンの顔は、しかし笑っていた。
「きっと、ずっとそうなんだろうな」
「ごめんなさい」
「でも、幸せだよ」
「本当?」
「うん」
レンが幸せだということが素直に嬉しかった。家ではヨシュアが待っているのだ。ヨシュアも幸せだといいなとカリンは思った。
二人は連れ立ってヨシュアの家への道を急いだ。
