死別から一か月半後、三人目が生まれた
創作活動をしていて、少し間があきました。
自分のペースでまた少しずつ、書いていきたいと思います。
今日は、夫が亡くなってから一か月半後、
三人目の子どもが生まれた時のことを書いてみようと思います。
夫が亡くなってから、
今まで通りに帰ってくるはずだった人が
帰ってこなくなった。
夜にも休日にも、
夫を含めた家族の時間はもうなかった。
今までいた人がいなくなるのは、
そこにぽっかりと穴が空いたような感覚だった。
日中は亡くなった後の手続きをこなした。
本当なら専門家に頼んでもいいくらいの内容だったと思う。
でも、あまり人に頼るという発想がなかった私は、時間もあるし一つずつやればできそうだなと思い、自分でやることにした。
ネットでリストを調べて、
ノートにすべて書き出した。
どんな手続きが必要なのか。
必要な書類は何か。どの順番で動くのか。
一つの書類を取るために、別の書類が必要になり、そういうものが複数ある。
三人目の子供が生まれるまで一カ月半ほど。
それまでに大方を終えられるようスケジュールを立てて、済んだものは一つずつリストから消していった。
一つ済ませるごとに、終わらせられたことへの
小さな達成感と安堵感。
役所や銀行に出向き、着々と手続きを進めた。
人が一人、この世界からいなくなるというのは
こんなに大きいことなんだなと感じていた。
時間が限られていたことは、
あの時の私にはちょうど良かった気がする。
むしろ、自由に動ける時間が限られていたからこそ、その中で計画を立てて、一つずつ終わらせる。
そんな風にやるべきことがあったから、
その時間だけは
余計なことを考えずに済んでいたのだと思う。
やがて、三人目の子が生まれる時が来た。
冬の寒い日だった。
二人目の時からお世話になっている助産院での出産。
大きな一軒家のような造りで、
お産をするのは照明の明るすぎない畳の部屋だった。
本当だったら、夫に隣にいてほしかった。
生まれる瞬間を一緒に迎えてほしかった。
でも、それはできなかった。
三人目だからか
お産自体は比較的順調だった。
入院中、まだ二歳だった二番目の子がお見舞いに来た。
私に甘えたい。一緒にいたい。
帰る時には泣いていた。
「帰りの車の中で、泣きそうなのをぐっと我慢してたよ。あの時の顔は忘れられない」
と、あとから弟に聞いた。
今は一緒にはいられないことを、
幼いなりに理解しようとしたのだと思う。
寂しい思いをさせてしまうのは胸が痛んだ。
けれど、あの時はどうにもできなかった。
産後を過ごす部屋は、
半分が畳、半分がフローリングで
リビングのようになっている16畳の部屋。
その時は、ほかに出産をした人はいなかった。
だから、私たちだけでそのスペースをすべて使えた。
広い部屋に、生まれた子と私の二人だけ。
今思い出しても、
とても静かな時間だった。
誰もいない時にだけ、一人で泣けた。
わが子を、夫婦で迎えたかった寂しさ。
この先、永遠に夫とその子が対面できることのない悔しさ。
今後の生活や未知の未来への不安。
上の子たちへの気がかり。
それでも、その束の間だけは
日常の義務や、やるべきことから離れられている静かな解放感。
新しい命が、今ここにあるという
少し不思議な感覚。
無事に生まれてきてくれた喜び。
そして、三人目の出産で負担が大きかったのか、
上の子たちの時よりも強かった産後の痛み。
まだ決めきれていなかった名前の漢字を
ノートに書き出し、考えながら選ぶ夜。
全部を抱えながら、
過ごした時間だった。
あまり泣かない、おとなしい子だった。
すやすやと眠る呼吸の音。
ぽかぽかとした、小さな身体。
小さいけれど、確かに目の前で生きている命。
この子に、私の人生の希望や救いという役割を
背負わせるつもりはなかった。
それでも、
家族を一人失ったあとに、
新しい家族が一人加わったこと。
目の前で、その小さな命が静かに息をしていること。
確かに、ここに生きているということ。
それまでとは違う空気が、
私の人生の中に流れ込んできたように感じた。
こんなに小さいのに、
一人の人がそこにいるということは、
とても大きかった。
【関連する記事】
出産の少し前、夫が亡くなった後の親族での話し合いについては、こちらの記事に書いています。
