一瞬の夏
夏の記憶を
そっと手繰り寄せるように
新子を一口
初夏のほんの短い時期にしか
出回らない江戸前の味
回転寿司のレーンには
現れない
最後に口にしたのは、いつだったか
思い出せぬほど遠い記憶
路地裏の小さな寿司屋
数席だけのカウンターで
初めて新子をくれた大将
店をたたみ、故郷へ帰った日から
その味は私から遠ざかった
時間と距離を消し去る進化で
季節を問わず魚が並ぶ時代に
食卓から「旬」の輪郭が
少しずつ滲んでいく
そんな折、入った事の無い地元の店
SNSに映った「鱧、入荷しました」の一言
吸い寄せられるように
扉を開けた
鱧 これを目にしなければ
あの店には入らなかった
そんなものかもしれない
旅行中の、駅近くのビルの片隅
摘みを頼み、酒を頂き
少しだけ握ってもらう
若い大将と新子の話
「今日はコハダなら」
赤酢の飯にコハダが乗る
翌日
行くつもりだった店は休みで
また同じカウンターに座る
「新子、有りますよ」
その一言に
巡り合わせを噛みしめる
出てきた握りは
美しい姿をしていた
コハダへと育つ道の
ほんのわずかな刹那にしか
出会えないもの
酢と塩の絶妙な解け心地
どこか懐かしく
何より愛おしい
夏の味を
噛みしめる
旅の空 ふと立ち寄りし 寿司屋にて 季節を惜しむや 新子味わう
たびのそら ふとたちよりし すしやにて
ときをおしむや しんこあじわう
