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努力できる人と努力を見てるだけの人【深掘りシリーズ】

割引あり

第1章 努力は性格ではなく環境で決まる

 「努力すれば報われる」なんて言葉、もはや都市伝説だと思う。気合と根性で突き抜けられた昭和の残り香を、令和の現実があっさり打ち砕いている。学校でも職場でも、結局“努力できる環境”を持つ人間だけがスタートラインに立てる。
 それを数字で突きつけたのが、文部科学省の全国学力調査と関連研究だ。たとえば文部科学省「学力調査を活用した専門的課題分析」報告書によれば、家庭の社会経済的背景(SES)が学力に強く影響している。


1-1 立ち上がり条件の不平等

 家庭の収入が高いほど、子どもは塾や習い事に通い、教材やICT機器にアクセスできる。つまり「努力のスタート地点」がまるで違うのだ。東京大学社会科学研究所「子どもの学習費調査 保護者調査に基づく所得階層別分析」では、年収1,200万円世帯と400万円世帯では、学校外教育費に年間約50万円の差があると示されている。

 これが「努力の才能」などではなく、時間と資源の格差であることは明白だ。努力できるかどうかは、意志の強さよりも「自由に使える時間」と「必要な資源」によって決まる。文部科学省の「諸外国の教育統計 令和5年版」を見ても、日本は依然として学習塾依存度が高く、教育への私費投入が家計格差を拡大している。


 地域格差もある。首都圏と地方では大学進学率に20ポイント以上の開きがあり、全国高等教育調査レポート(KEIHER調査)によれば、東京は全国平均を大きく上回る一方、地方県では進学率50%を切る地域もある。


 もはや「努力できる人」は生まれた場所と家庭によって選別されている。本人の意志だけでは越えられない壁が、最初から静かに立ちはだかっている。


1-2 時間・資源・情報

 次に問題となるのは「時間」だ。厚生労働省の「過労死等防止対策白書」では、週60時間以上働く人が依然として全労働者の約1割を占める。
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001336530.pdf
 同省の「過重労働による健康障害を防ぐために」でも、長時間労働が脳・心臓疾患などを引き起こすリスクを明確に警告している。


 時間を奪われる社会では、「努力する余力」そのものが削られる。家事や介護といった無償労働の負担も男女で偏っており、結果的に女性の方が自己投資の時間を確保しづらい。これを示すのが、厚生労働省の「長時間労働削減に向けた取組」や労働安全衛生総合研究所の「長時間労働と健康問題」だ。
https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/151106.html

 結局、努力とは余裕のある人が投資できる贅沢でもある。努力を讃える文化の裏で、時間も体力も奪われた人たちは、ただ「努力を見ているだけ」になっていく。
 努力を信仰する社会ほど、努力できない人に冷たい。だからこそ、この章の終わりに言いたい。
 「努力は個人の性格ではなく、構造が決めている」と。


 ここまで読んできた人は、もう気づいたと思う。問題は「努力」そのものではなく、それを取り巻く構造だ。では、その構造がどんな幻想を生み出しているのか。次章では、その根底にある「報われる努力」という心地よい嘘を見ていく。


第2章 「報われる努力」という幻想

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