立民はなぜ「ネット後手」に見えるのか──問題は戦略ではなく、政策が古い
「立憲民主党はネット戦略で後手に回っている」──最近、こうした評価が目立つ。
とりわけ「高市人気」に押され、存在感が埋没しているという指摘は、分かりやすい説明として流通している。
だが、本当に問題はネット戦略なのだろうか。
SNSの運用が巧みであれば、立憲民主党は再び支持を集められるのか。
この問いに、正面から向き合う必要がある。
「ネット後手」という説明の分かりやすさ
時事通信は、立憲民主党がネット上での発信力で出遅れていると報じた。
そこでは、支持層の高齢化や拡散力の弱さが指摘され、「高市人気」との対比で語られている。
この説明は直感的だ。
ネットを制する者が政治を制する、という感覚は、多くの人が共有している。
しかし、この説明はあまりに表層的でもある。
ネットは拡声器であって、中身ではない
SNSは、メッセージを広げる道具にすぎない。
問題は、その中身が「今の社会」に向けて語られているかどうかだ。
立憲民主党の政策メッセージを振り返ると、
分配
格差是正
生活者目線
弱者保護
といったキーワードが並ぶ。
いずれも重要な論点であることは間違いない。
だが同時に、これらは10年前から大きく変わっていない言葉でもある。
一方で、高市早苗氏の発信は賛否は別として、
国家
安全保障
技術
主権
といった、現在の国際環境や不安感と直結する語彙で構成されている。
この「言葉の更新度」の差が、ネット上での可視性の差として現れている可能性は高い。
「古い」のは政策そのものではなく、語り方だ
重要なのは、立憲民主党の政策が間違っている、という話ではない。
問題は、それがどの時代の言葉で語られているかだ。
世界情勢が不安定化し、
戦争
資源
技術競争
国家間対立
が前景化する中で、
立憲民主党のメッセージは、どうしても国内分配論に閉じて見える。
その結果、
ネットで拡散しにくい
切り取られにくい
対立軸が見えにくい
という状態が生まれる。
これは戦略の問題というより、政治が描いている未来像の問題だ。
「高市人気」に埋没しているのではない
立憲民主党が埋没しているのは、「高市人気」そのものではない。
時代語を持たないことに埋没している。
ネット戦略を改善すれば状況が変わる、という発想は魅力的だ。
だが、古いメッセージを最新の拡声器で流しても、共鳴は広がらない。
問われているのは、
「どう広めるか」ではなく、
**「何を、どの時代の言葉で語るのか」**である。
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今日のワンフレーズ
ネットは武器だが、
武器だけでは戦えない。
