「学校に行きなさい」と言えない母
娘が小学生になった。
ある日の娘。「頭が痛い」と言って学校を休んだのに、横になることもせず、すごく元気そうに好きなことをし始めた。
在宅勤務していたパパが、「学校には行かないと」と諭しているのが聞こえる。入学したばかりで、勉強が遅れてしまうことを心配しているようだ。
申し訳ないが、私はパパの味方につくことはできない。
しかし、パパのメンツもあるので、「学校では勉強してる時間だから、勉強しよっか? 1時間目は国語でーす」と言いながら、仕事の合間を縫って、娘とドリルをすることにした(その日は幸いなことに、仕事に少し余裕があった)。
「学校に行きなさい」
パパはそう言うけれど、そんなこと私の口からは言えたもんじゃない。
なにを隠そう、私はサボり魔だったのだ……。
1| お泊り保育をサボった日。
初めてサボったのは、幼稚園のお泊り保育だった。
幼稚園は好きだった。兄が通っていた幼稚園とは違うところで、自分で選ばせてもらった幼稚園だったし……(共働きなのに、兄弟で違う園に通わせてくれた親はかなり寛大だったと今は思う)。
でも、幼稚園児の私は思ってしまった。
「なぜ、ほかの家の子どもたちと一緒にお風呂に入らなあかんのだ」と。
そう考えると、お泊り保育が面倒に感じられ、ついに当日の朝──。
「お腹痛い」
──もちろん、仮病である。
今ならわかる。「うちの子はお泊りできるだろうか?」と心配になりながらも、その日までに準備を整えてくれていた母の気持ち。一晩だけど、子どもの手が離れることのドキドキと、嬉しいような寂しいような気持ち……。
それを踏みにじって、ごめん。
2| 義務教育のうちは、「仮病」にします。
私は幼稚園児にして、ずる休みデビューを果たした。
そして、小学生になっても同じことを繰り返した。
学校を休むこともあったけれど、同じクラスの生徒が校庭で体育をしているのを、保健室で横になりながら見ていた記憶もある。平熱が高めだったので、すこし頑張ると「体温計で微熱を出す」ことができた。
いや、今考えると、先生は仮病だって気づいていたのかもしれない。
親は共働きで忙しく、日中は家にいなかった。
祖母も一緒に暮らしていたが、祖母は祖母でたくさん習い事をしていたり、友だちと出かけたりしていたので、家に咎める人はいなかった。
中学のときに一度だけ、高校受験の勉強をするために学校を休んで、担任の先生からゲンコツを喰らったことがある。
「勉強してても、休んだらダメなのか」と思った。
休んで怒られたのは、それくらいだ。
3| 雨なので、学校は休みます。
「中学までは義務教育」という理由で、休みたいときには仮病を使っていた私だったが、高校からは仮病さえ使わなくなった。自由な校風の高校だったといえばそれまでだが。
高校は、自転車を遅く漕いでも自宅から15分のところにあった。
でも、歩くと40分近くかかるし、バスの利便性は悪かった。
そのため、雨が降ると通学が面倒になり、学校を休んだ。
家を出て、半分の地点まで自転車を漕いでいったのに、あまりに風が強くて引き返したこともある。
「昨日、なんで休んだの?」
「自転車が進まなくて。途中までは来たんだけどね~」
そんな会話を、普通にしていた。
それだけじゃない。
どうしても「わらび餅」が食べたくなり、学校を休んで友人と鎌倉に食べに行った(高校は埼玉)。
教室の窓から外を見ていて、「こんなに天気がいいのに、教室にいるのはもったいない」と思えて、早退した日もあった。
読み始めた小説が面白すぎて、読み終わるまでの2日間、食事以外ベッドから出なかったこともあった(当然、学校には行っていない)。
式典の類も嫌いだった。
みんなで「起立」「気をつけ」「礼」みたいなのが苦手で、始業式や終業式は遅れて行って、教室で皆の帰りを待っていたこともある。
友人に「私も、ツチヤみたいに生きたいよ」と言われたことがある。
もはや、そんな期待に応えるサービス精神でサボってたのかもしれない(よく言うわ)。
4| 先生、学校に連れてって。
もう時効だと思うから、これも言っちゃうけれど、担任の女性教師が自宅の近くに住んでいるとわかって、雨の日の朝に担任を出待ちしたこともある。
なぜ、雨の日の朝に出待ちしたかって?
それは、先生が車で通勤していたから。
そう、「乗せて」である。
我ながら、ふざけた高校生だ。
しかし、先生は雨の日の欠席率が高い生徒の将来を危惧したのか、車に乗せて高校まで連れていってくれた。そんなこんなで、(女性教師の車で)車通学を何度かした。
今なら思う。生徒を自分の車に乗せるなんて、よくそんな無駄なリスクを背負って、生徒の無茶なお願いを聞き入れてくれたものだ、と。
その先生は、偉ぶったりすることもなく、友だちのような先生だった。
でも、本当に友だちなわけではない。
「適切な距離」というものがある。甘えすぎである。
通勤しようとして家を出たら、生徒が待っている。
最初はさぞ、驚いたことだろう。
私なら、頭の中でいろんな計算が走り、きっとこう言う。
「自分で高校に行きなさい」
当然だ。
5| 帰ったら、父がいた。
こんな、サボり魔の娘を親はどう思っていたのか。
実は高校時代、友人と鎌倉にわらび餅を食べに行った日、厳しい父がたまたま私より早く帰宅していた。
私はその日、堂々と私服で遊びに行っていた。
「平日に、なんで私服なんだ?」と父に怒られるシーンが一瞬で想像できて、私は凍り付いた。
父には小学生のときに、玄関の外に放り出されたこともある(兄と喧嘩したからだ)。
忙しくて滅多に家にいないから(単身赴任していた時期もあったし)こっちは好き勝手やってたけど、厳しい父だ。
やばい。どう切り抜けようか……。
父に気づき、私が凍り付いていると、すかさず母が言った。
「今日、開校記念日でお休みだったんだって」
かばってくれたーーーーーー!!
「そうなのか」とあっさり信じる父。
私は、そそくさと部屋に行って、怒られることはなかった。
母が庇ってくれたことは、今でも強く印象に残っている。
ずーっと後になって、私が学校をサボっていたことをどう思っていたのか、母に聞いたことがある。
「そんなに深刻そうじゃなかったから、いいかって思ってた」
だそうだ。
ちなみに、高校の担任の車で通学したことについては、「後から知って、先生にひどく申し訳なく思った」そうだ。
ごめん、母さん。
6| 娘になんと言うか?
そんなわけで、私は娘に「学校に行きなさい」と言うことができない。
「どの口が言っとるんじゃ」という、自分の中から湧き上がるツッコミを無視できないからだ。
今のところ、娘は学校に行っている。
でも、また「休みたい」という日が来るかもしれない。
パパは、「学校はサボるべきじゃない」と言うだろう。
私は、そのとき、なんて言う?
「ママは昔こんなだったけど、一応、社会人やってます」
とでも言う?
答えは出ないから、娘の話を聞いてから考えることにする。
