なぜ“正しい政策”ほど人を救えないのか?ダニエル・カーネマン『システム1とシステム2』で読み解く医療と社会 医師・研究者・官僚は「考える人」になりすぎていないか?“合理的説明”が届かない本当の理由

10年前の講義ノートをベースで以下のNOTEを作ったが
関連して表題についても合わせて書いた方が良いと思いもう1つ作成。これも内容としては10年くらい前のネタですね苦笑
COVID、ワクチン、健康診断、禁煙、NISA、少子化対策。
現代社会では、
「正しい情報を与えれば、人は合理的に行動する」
という前提で政策や制度が作られることが非常に多いです。
しかし現実には、
ワクチン忌避
健診未受診
禁煙失敗
投資詐欺
陰謀論
SNSデマ
はなくならない。
なぜでしょうか。
その理由を非常に明快に説明したのが、ノーベル経済学賞を受賞した心理学者・行動経済学者の Daniel Kahneman です。
代表作は、 Thinking, Fast and Slow 。
ここで提唱されたのが、有名な
システム1
システム2
という人間認知モデルです。
これは単なる心理学概念ではありません。
むしろ、
現代の医療政策・行政・研究・教育がなぜ失敗するのか
を説明する極めて強力なフレームだと思っています。
システム1とシステム2とは何か
カーネマンは、人間の意思決定には2種類あると説明しました。
システム1
速い
直感的
感情的
自動的
努力不要
雰囲気や印象で判断
例:
「なんか怖い」
「怪しそう」
「この人好き」
「みんなやってる」
「面倒だから後で」
です。
システム2
遅い
論理的
熟考型
数字や根拠を使う
努力が必要
集中力を消耗する
例:
論文を読む
統計解析する
保険制度を理解する
NISAを比較検討する
ベイズ推定を考える
など。
つまり、
システム1=“感じる脳”
システム2=“考える脳”
です。
人間は基本的に「システム1」で生きている
ここが重要です。
多くの知識人は、
「人はシステム2で動く」
と思っています。
しかし実際には逆です。
人間の通常運転はほぼシステム1です。
システム2は、
疲れる
遅い
面倒
エネルギーを消費する
ため、常時使えません。
だから人は、
雰囲気
第一印象
SNS
感情
周囲の空気
に強く支配される。
これは進化論的にも当然です。
狩猟採集時代に、
「この音は捕食者かもしれない!」
を0.1秒で判断する必要があった。
毎回ベイズ統計していたら死にます。
医者・研究者・官僚は「システム2の住人」である
ここからが本題です。
医師、研究者、政策立案者。
彼らは職業的に、
システム2を酷使する人々
です。
論文を読む
データを見る
因果推論する
法制度を設計する
予算配分する
これらは全てシステム2。
すると何が起きるか。
「説明すれば伝わる」
と思い込む。
これは医療現場で本当に多い。
医療者がやりがちな「システム2型説明」
例えば:
HbA1cが〜
LDLが〜
絶対リスク減少が〜
NNTが〜
relative riskが〜
患者側からすると、
「で、結局怖いの?怖くないの?」
だったりします。
つまり、
医療者はシステム2で話しているのに、
患者はシステム1で聞いている。
ここに巨大な断絶があります。
「健康格差」は“認知格差”でもある
さらに重要なのは、
システム2を使えること自体が、一種の“資本”である
という点です。
高学歴層は:
長文読解
情報比較
遅延報酬
自己制御
に比較的慣れています。
一方で、
貧困
ストレス
多忙
不安定雇用
教育格差
はシステム2を著しく消耗させます。
これは行動経済学だけでなく、認知負荷研究や貧困研究でも繰り返し示されています。
有名なのが、 Scarcity の議論です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Scarcity%3A_Why_Having_Too_Little_Means_So_Much
https://bookmeter.com/books/9441857
貧困状態では、
「お金がない」
そのこと自体が認知資源を奪う。
すると長期合理的判断が難しくなる。
つまり:
健康格差
教育格差
経済格差
は、
「システム2を使える余裕の格差」
でもある。
「自己責任論」はシステム2エリートの発想
ここはかなり重要です。
政策エリートは、
「比較検討すれば分かる」
「調べれば分かる」
「合理的に選べるはず」
と思いがちです。
しかしそれは、
自分たちがシステム2を日常的に使えるから
です。
例えば:
NISA
iDeCo
保険
医療制度
子育て支援制度
これらは極めて複雑です。
制度を理解できる人ほど得をする。
つまり、
“複雑な制度”そのものが格差を拡大する
側面があります。
これは医療でも同じ。
受診調整
介護申請
障害制度
ACP
在宅医療
全部難しい。プロでも難しいw
結果として、
“助けが必要な人ほど制度を使えない”
という逆転現象が起きる。
COVIDで露呈した「システム2国家」の限界
COVID対応は、この問題を非常によく示していました。
専門家側は:
エビデンス
数理モデル
R
実効再生産数
を重視していた。
しかし大衆側は:
不安
恐怖
同調圧力
SNS
怒り
で動いていた。
つまり、
国家はシステム2で説明し、
社会はシステム1で反応していた。
だから、
「科学的に正しい」だけでは社会は動かなかった。
むしろ、
ストーリー
空気
感情
信頼
インフルエンサー
のほうが強かった。
本当に必要なのは「システム1を理解した政策」
ここを誤解してはいけません。
これは、
「大衆はバカ」
という話ではありません。
そうではなく、
人間は全員システム1を持っている
という話です。
医者ですら、
疲れると判断が雑になる
感情で処方する
権威に引っ張られる
バイアスに影響される
わけです。
だから本当に必要なのは、
「もっと説明しよう」
ではなく、
“人間が実際に動く設計”を考えること
です。
ナッジは「システム1対応策」
だから行動経済学では、
デフォルト設定
UI設計
ナッジ
社会規範
ピア効果
が重視されます。
人間を「完全合理的主体」と見なすのではなく、
“疲れた人間”として制度設計する
ということです。
これは医療政策でも極めて重要です。
ACPも「システム2」だけでは進まない
ACP(人生会議)が普及しにくいのも同じです。
医療者は:
延命
価値観
代理意思決定
医療資源
を論理的に説明する。
しかし一般の人は、
死を考えたくない
怖い
縁起悪い
家族と話しにくい
というシステム1で動いている。
だから、
単なる説明会では普及しない。
ゲーム性や対話設計が重要になる。
これはまさに行動経済学です。
それをフルに応用したのが、みんらぼカードです
行動経済学をちりばめたおかげで、以下のように全国に広がっています
まとめ
カーネマンの最大の功績は、
「人間は合理的ではない」
を科学化したことだと思います。
そしてさらに重要なのは、
社会制度そのものが“システム2強者”向けに作られている
という点です。
だから、
医療
教育
行政
福祉
投資制度
は、放置すると格差を拡大する。
本当に必要なのは、
“理解力のある人だけ得をする制度”
ではなく、
“疲れていても動ける制度”
なのだと思います。
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