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「どこに住んでいるか」から「誰と生きているか」へ:公衆衛生学は何を問うようになったのか



はじめに

「ホームレス」という言葉は、しばしば「住む家がない人」と理解される。

しかし、

  • 住居がないこと(houseless)

  • 帰る場所や人がいないこと(homeless)

は本来別の問題である。

前者は「どこに住むか」の問題であり、住宅政策や生活保障によって対応できる。

しかし後者は、

「誰と生きるのか」 「誰が自分を必要としているのか」

という、より根源的な問題である。

実は近年の公衆衛生学は、この問いへと徐々に関心を移してきた。


2008年 WHO

「どのような環境で生きているか」

WHO社会的決定要因委員会は、

『Closing the Gap in a Generation』

を公表した。


https://iris.who.int/handle/10665/43943



https://www.who.int/publications/i/item/WHO-IER-CSDH-08.1


この報告書は、健康格差の原因は医療へのアクセスではなく、

  • 所得

  • 教育

  • 労働

  • 住宅

  • 権力

  • 社会構造

などの「社会的決定要因(Social Determinants of Health: SDH)」にあると指摘した。

問いは、

Where do people live?

すなわち

「人々はどのような環境で暮らしているのか」

であった。


2010年 Marmot Review

「社会は公平か」

Michael Marmotによる

『Fair Society, Healthy Lives』

(Marmot Review)


https://www.instituteofhealthequity.org/resources-reports/fair-society-healthy-lives-the-marmot-review



https://www.gov.uk/research-for-development-outputs/fair-society-healthy-lives-the-marmot-review-strategic-review-of-health-inequalities-in-england-post-2010


Marmotは、健康格差は一部の貧困層だけの問題ではなく、社会全体に存在する「勾配(social gradient)」の問題であると論じた。

そして、

「比例的普遍主義(Proportionate Universalism)」

を提唱した。

問いは、

Is society fair?

つまり、

「社会そのものは公平なのか」

であった。


2023年 Murthy

「孤独の流行」

米国公衆衛生局長官(Surgeon General)Vivek Murthyは、

『Our Epidemic of Loneliness and Isolation』

を発表した。


https://www.hhs.gov/sites/default/files/surgeon-general-social-connection-advisory.pdf


Murthyは、孤独や社会的孤立が、喫煙や肥満と同等の健康リスクを持つと警告した。

問いは、

Who are people connected to?

「人は誰とつながっているのか」

である。


WHO Commission on Social Connection

WHOは2023年、Commission on Social Connection

を設立した。


https://www.who.int/groups/commission-on-social-connection


ここでWHOは、

孤独(loneliness)

社会的孤立(social isolation)

社会的つながり(social connection)

を新たな公衆衛生課題として位置づけた。

健康格差の議論は、「所得」や「住宅」から、「つながり」へと拡大したのである。


NHS Social Prescribing「何があなたにとって大切か」

英国NHSは、Social Prescribing(社会的処方)を制度化した。


https://www.england.nhs.uk/personalisedcare/social-prescribing/


ここでLink Workerが患者に尋ねるのは、

What's important to you?

である。

処方されるのは薬だけではない。

  • 園芸

  • スポーツ

  • 芸術

  • 音楽

  • ボランティア

  • 地域活動

など、人とのつながりや役割も「処方」される。


抱樸(ほうぼく)

「助ける人と助けられる人を分けない」

北九州の認定NPO法人「抱樸」は、


https://www.houboku.net/about/


ホームレス支援を、単なる住宅支援としてではなく、

「人間関係の再構築」

として捉えている。

支援の対象は、住居だけではない。

  • 仲間

  • 仕事

  • コミュニティ

  • 居場所

まで含めて伴走する。

その背景には、「助ける人」と「助けられる人」を固定しないという思想がある。


house と home は違う

houseとは、建物である。

しかしhomeとは、「帰る場所」であり、

「自分を必要としてくれる人がいる場所」

である。

だから、

ハウスレス(houseless)

には、

「どこに住むか」

を問う支援が必要になる。

しかし、

ホームレス(homeless)

には、

「誰が必要か」

を問う支援が必要になる。


公衆衛生学の問いは変わった

2008年 WHO 「どこで暮らしているか?」

2010年 Marmot 「社会は公平か?」

2023年 Murthy 「誰とつながっているか?」

WHO Commission on Social Connection 「孤独をどう防ぐか?」

NHS Social Prescribing 「あなたにとって大切なものは何か?」

抱樸 「あなたを必要としている人は誰か?」


おわりに

人は、

家(house)がなくても生きられるかもしれない。

しかし、

homeを失ったまま健康に生きることは難しい。

公衆衛生学は、

かつて

「どんな病気か」

を問う学問だった。

そして、

「どこに住んでいるか」

を問うようになった。

さらに現在、

私たちは、

「誰と生きているか」

を問う時代に入っている。

そしてその先には、

もっと根源的な問いがある。

「あなたは、誰に必要とされているか。」

あるいは、

「あなたは、誰を必要としているか。」

健康とは、

単に病気がないことではない。

人と人との間にある、

「帰る場所(home)」を失わないことなのかもしれない。


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