監事は何をしていたのか?:東芝粉飾決算事件も東大横領事件も日本社会は「監督する側」の責任を問わなさすぎではないか?

企業や大学で不祥事が起きるたびに、私はいつも同じ疑問を持ちます。
「監事や監査役は何をしていたのだろう?」
実行犯が処分されるのは当然です。
しかし、その実行犯を何年も見抜けなかった監督機能については、ほとんど議論されません。
東芝の粉飾決算
東芝では約1500億円規模ともいわれる不正会計が発覚しました。
金融庁は監査法人に対して、
新規契約3か月停止
約21億円の課徴金
業務改善命令
を行い、担当公認会計士7人にも業務停止処分を行いました。
一方で、「なぜ長年見抜けなかったのか」という監査体制そのものへの議論はありましたが、監督する側の個人責任が大きく問われた印象はあまりありません。
金融庁の処分内容:
https://www.fsa.go.jp/news/27/sonota/20151222-4.html
東大関連財団の約9000万円横領事件
最近報じられた東京大学工学系研究科関連財団の横領事件。
長期間にわたり約9000万円もの資金が着服されていたとされています(が、犯人の実名が出ていないのはなぜですかね、、、元理事だそうですが)。
当然ながら実行犯は刑事責任・民事責任を負うでしょう。
しかし私が気になったのは別の点です。
「監事は何をしていたのか?」
長年にわたり多額の資金流出が続いていたのであれば、
通帳残高確認
預金照合
内部統制評価
理事会への指摘
などは十分機能していたのでしょうか。
少なくとも現時点では、監事の責任が追及されたという報道はほとんど見当たりません。
役員は工学部の教授しかおらず、監事も工学部教授と副理事です。

副理事は事務方で工学部の財務課長や事務部長を長くやっていた人のようです。

「監査」は失敗しても責任を負わない仕事なのか?
もちろん監査は万能ではありません。
巧妙な横領や共謀、不正な証憑作成で見抜けないケースもあります。
だからといって、
10年近く見抜けませんでした。
数千万円なくなっていました。
それでも
「監査は適切でした」
で終わるのであれば、監査制度は誰のために存在するのでしょうか。
ガバナンスとは「責任を取ること」ではない
よく
「ガバナンスを強化します」
という言葉を聞きます。
東大は医学部の不祥事を受けてガバナンス改革をしています。

しかし本来のガバナンスとは、
不正を起こさない仕組みを作ること
です。
そして、その仕組みが機能しなかったなら、
監督する側にも説明責任がある
はずです。
日本でよく見る光景
大きな不祥事が起きると、
実行犯を処分
トップが給与返納
第三者委員会設置
再発防止策公表
ここまでは定番です。
しかし、
監事
監査役
監査委員
外部監査人
など、監督する立場だった人まで責任が及ぶことは非常に少ない印象があります。
海外ではどうか
米国では、
SEC(証券取引委員会)
PCAOB(公開会社会計監視委員会)
などが監査法人や公認会計士に対して厳しい行政処分を行うことがあります。
さらに株主代表訴訟や集団訴訟も活発で、監査委員会や取締役の善管注意義務まで争われるケースもあります。
もちろん海外にも見逃しはありますが、「監督する側も責任を負う」という考え方は、日本より強いように感じます。
「ガバガバガバナンス」になっていないか
私は今回の東大関連財団の事件を見て、思わず
「ガバガバガバナンスではないか」
と思ってしまいました。
もちろん監事個人を断罪したいわけではありません。
監査にも限界があります。
しかし、
長期間
多額
継続的
な不正が起きたのであれば、
少なくとも
「監査体制は十分だったのか」
という検証はもっと行われるべきではないでしょうか。
監事が適切な仕事をやっていたなら仕方ないですが、ちゃんとチェックせずいわば名義貸し状態であれば、それは監事も責任追及されるべきではないのでしょうか。
おわりに
実行犯を処分するだけでは、不祥事は繰り返されます。
本当に必要なのは、
「監督する側も適切に検証される仕組み」
ではないでしょうか。
監査や監事は、単なる飾りではありません。
だからこそ、不正が起きたときには
「監事は何をしていたのか?」
という問いを、もっと社会全体で投げかけてもよいのではないかと思います。
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