「若者から高齢者へ」ではなく「困っていない人から困っている人へ」:日本の社会保障を変える一枚の図






2015年7月17日の政府税制調査会で、一橋大学経済研究所の小塩隆士教授が提出した全31ページの資料です。


この図は素晴らしい。

一見すると単純な4マスだが、日本の社会保障が抱える根本的な矛盾を、ほとんど一枚で説明している。

出典は、2015年7月17日に開催された政府税制調査会で、一橋大学経済研究所の小塩隆士教授が提出した「所得格差・貧困・再分配政策」という資料である。

元資料はこちら。

https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/20150716_27zen14kai5.pdf

政府税制調査会の資料一覧はこちら。

https://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2015/27zen14kai.html

日本の再分配は「必要性」より「年齢」で決まる

小塩教授がこの図で示しているのは、日本の再分配政策が、困っているかどうかよりも、若いか高齢かによって大きく決まっているという問題だ。

現行制度では、おおむね次のような流れになっている。

  • 若年・現役世代から税金と社会保険料を集める

  • 年金、医療、介護を通じて高齢層へ移転する

  • 高齢者であれば、経済的に困っていない人にも給付する

  • 若者であれば、経済的に困っていても負担する側に回りやすい

つまり、図の左側では、若年層の「困っている人」から、高齢層の「困っていない人」にまで所得が移転している。

これが小塩教授のいう「不公平で、しかも非効率」という状態である。

もちろん、高齢者の中には、年金が少なく、貯蓄もなく、医療や介護の負担に苦しむ人がいる。
その人たちへの支援はむしろ強化しなければならない。

しかし同時に、十分な年金、金融資産、不動産を持つ高齢者もいる。

反対に若年・現役世代にも、正規雇用で高所得の人がいる一方、低賃金の非正規雇用、ひとり親世帯、病気や障害を抱える人、多額の教育費や住居費を負担している子育て世帯がいる。

年齢だけで人間を二つに分けること自体が、現実に合わなくなっているのである。

高齢者は一枚岩ではない

「高齢者対若者」という対立にしてしまうと、この議論の本質を見失う。

小塩教授が提案しているのは、高齢者を一律に冷遇することではない。

現役世代と高齢世代のそれぞれに存在する多様性を見て、年齢ではなく生活上の必要性に応じて再分配するという考え方である。

目指すべき方向は、次のようになる。

  • 困っていない若者は、困っている人を支える

  • 困っていない高齢者も、困っている人を支える

  • 困っている若者は、支援を受ける

  • 困っている高齢者も、支援を受ける

すなわち、

「若者が高齢者を支える制度」から、「困っていない人が困っている人を支える制度」へ

という転換である。

これは世代間対立をあおる主張ではない。
むしろ、高齢者内部と現役世代内部の格差をきちんと認識し、不毛な世代間対立を終わらせるための提案だと思う。

日本の再分配は、なぜ効率が悪いのか

小塩教授の資料では、日本の税・社会保障による再分配のかなりの部分が、年金、高齢者医療、介護などを通じた年齢階層間の移転になっていると指摘されている。

一方、同じ年齢層の中で、所得の高い人から低い人へ移す「世代内再分配」は弱い。

その結果、巨額の社会保障費を使っているにもかかわらず、子どもの貧困、ひとり親世帯の貧困、低所得高齢者の貧困を十分に解消できない。

社会保障にお金を使っていないのではない。大量に使っているのに、本当に困っているところへ十分届いていないのである。

これは医療政策でも同じだ。

所得や資産に余裕のある高齢者にも、年齢を基準として低い自己負担割合を適用する一方、子どもを育て、住宅ローンや教育費を負担する現役世代には、所得税、住民税、年金保険料、医療保険料、介護保険料が重くのしかかる。

さらに低所得者の場合、定額部分を含む国民年金保険料や国民健康保険料の負担が、所得に対して重くなる。保険料を払えないほど困っている人が、保険制度から排除されかねないという倒錯まで起こる。

社会保障の本来の役割は、病気、障害、失業、貧困、介護、子育てなどのリスクに直面した人を支えることだったはずだ。

ところが日本では、「65歳になったか」「75歳になったか」が支援の必要性を判断する最も強い指標になってしまった。

11年たっても、この指摘は古くなっていない

この資料が公表されたのは2015年だが、問題意識は2026年の現在も十分に通用する。

国立社会保障・人口問題研究所の最新統計によれば、2024年度の社会支出は総額142兆8,073億円。
そのうち「高齢」は50兆6,761億円で全体の35.5%、「家族」は12兆2,293億円で8.6%だった。

「高齢」だけで「家族」の約4.1倍である。

もっとも、「保健」には年齢を問わない医療や介護が含まれるため、これだけで高齢者向け支出の全体を示すわけではない。
それでも、老齢年金など年齢と強く結びついた支出が、日本の再分配の巨大な部分を占めていることは確認できる。

出典:

https://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-R06/R06.pdf

一方、2025年国民生活基礎調査によると、2024年の相対的貧困率は15.0%、子どもの貧困率は11.0%だった。

特に、「子どもがいる現役世帯」のうち大人が一人の世帯、すなわち実質的にはひとり親世帯に近い集団の貧困率は44.7%に達している。

日本全体で142兆円を超える社会支出を行いながら、ひとり親家庭では半数近くが相対的貧困にある。

これこそ、再分配の「量」だけでなく「方向」を問わなければならない理由である。

出典:

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa25/dl/03.pdf

「困っている」を所得だけで決めてよいのか

ここで必ず問題になるのが、誰を「困っている人」と判定するのか、という点である。

給与や年金といったフローの所得だけを見れば、年金収入の少ない高齢者は低所得者となる。
しかし、その人が数千万円の金融資産と自宅不動産を持っている場合、現役世代の低所得者と同じように扱うべきなのか。

逆に、年収が一定額を超えていても、子どもが3人いて教育費がかかり、住宅費を払い、家族に障害や難病の人がいる世帯を「困っていない」と言い切れるのか。

したがって、支援の必要性は少なくとも次の要素を組み合わせて考える必要がある。

  • 所得

  • 金融資産

  • 不動産などの資産

  • 世帯人数

  • 子どもの人数

  • 障害や疾病

  • 介護の必要性

  • 住居費

  • 就労可能性

ただし、資産調査を細かくしすぎれば、行政コストが増え、申請できない人や制度を知らない人が取り残される。
支援を受けることへのスティグマも強くなる。

したがって、すべてを複雑な申請主義にするのではなく、マイナンバーを使って所得や公的給付を把握し、可能な限り自動的に給付・減免する仕組みが必要だ。

私なら、社会保障をこう組み替える

第一に、高齢者を一律に優遇する制度を縮小し、所得と資産に応じた負担へ移行する。

医療・介護の自己負担、保険料、年金課税について、年齢だけでなく経済力をより強く反映させる。
十分な所得・資産を持つ高齢者には、現役世代と同程度の負担を求めてもよい。

第二に、その財源を低所得高齢者、ひとり親世帯、障害者、低所得の子育て世帯へ集中させる。

高齢者向け給付を一律に削るのではない。
困窮する高齢者への最低保障年金や住宅支援、医療・介護費の減免は、むしろ厚くすべきだ。

第三に、給付付き税額控除を導入する。

所得税を減らすだけの所得控除では、そもそも所得税をほとんど納めていない低所得者には十分な効果がない。
税額控除で税負担をゼロにし、それでも控除しきれない部分を現金で給付する仕組みが必要である。

第四に、国民健康保険料や国民年金保険料の逆進性を是正する。

最も困っている人ほど定額保険料の負担が重くなり、未納や無保険に追い込まれる制度は、社会保障として本末転倒である。
低所得者の保険料は自動的に軽減し、その分を一般財源で補うべきだ。

第五に、年齢別の縦割り制度から、個人・世帯単位の統合的な支援へ移る。

税、年金、医療、介護、生活保護、児童手当、就学支援を別々に判定するのではなく、世帯の可処分所得と必要支出を総合的に把握する。
そのうえで負担と給付を自動調整するほうが合理的である。

普遍的サービスと所得制限は使い分けるべきだ

ただし、「困っている人への集中」を、あらゆるサービスへの厳格な所得制限と理解してはいけない。

公教育、基礎的医療、予防接種、救急医療、保育などは、広く利用できる普遍的サービスとして維持したほうがよい。
利用のたびに複雑な資産審査をすれば、行政コストが膨らみ、必要な人のアクセスを妨げるからだ。

一方、現金給付、保険料軽減、自己負担上限、年金への上乗せなどは、所得・資産・世帯状況に応じて重点化できる。

「全員に同じサービスを保障する部分」と、「困窮度に応じて厚くする部分」を分けることが重要である。

社会保障は、高齢者への恩返し制度ではない

日本では、「高齢者は長年社会に貢献してきたのだから、給付を受けて当然だ」という説明がしばしばなされる。

しかし社会保障は、国家が過去の貢献に対して表彰金を配る制度ではない。

現在の生活上のリスクを社会全体で分かち合う制度である。

裕福な高齢者を、貧しい若者が支える必然性はない。
同様に、裕福な若者が、貧しい高齢者を支えることには十分な合理性がある。

問うべきなのは「何歳か」ではなく、「誰がどの程度困っているのか」「誰に負担能力があるのか」である。

小塩教授の一枚の図は、日本の社会保障改革の方向を極めて明快に示している。

若者から高齢者へ、ではない。
困っていない人から、困っている人へ。

2015年に提示されたこの原則を、そろそろ本気で制度に落とし込むべきではないだろうか。

#社会保障
#再分配政策
#世代間格差
#世代内格差
#高齢者福祉
#子どもの貧困
#ひとり親世帯
#社会保険料
#国民健康保険
#国民年金
#医療政策
#介護政策
#年金改革
#給付付き税額控除
#所得格差
#相対的貧困
#少子高齢化
#現役世代
#税制改革
#社会保障改革

いいなと思ったら応援しよう!