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「番外編」聲-Koe-4

 「つばさ、戦争を見学しに行くぞ。」

 父はある日、そう言った。
 そのわずか一週間後に、わたしは非武装地帯にいた。



✳︎

 韓国のソウルからわずか数十キロ、一時間もかからない距離をバスは走る。この日本製と思われる中古の小さなマイクロバスの車内には、韓国人がぎっしりと鮨詰めで、日本人はわたしたちだけだった。



 バスは漢江-ハンガンを越え、山並みの中に入った。
 それまで車内は沢山の会話が行き交って、賑やかだったが、ここで、バスは警告を出す。

 車内に緊張が走る。
 非武装地帯-DMZに入ったのだ。



 DMZの中をそろそろとバスは走る。
 すると林の中に、忽然と村が現れた。
 大成洞-テソンドン 自由村だ。

 大成洞 自由村は韓国側のDMZ内にある唯一の村で、経済的に豊かだが、一度、北朝鮮と戦端が開かれれば、真っ先に住民が犠牲になる宿命を負っている。
 韓国の豊かさを北の住人に宣伝するための村である。



 そして、道の反対側には北朝鮮の作ったプロパガンダ・ヴィレッジが見えた。
 目的は韓国側と同じだ。
 ただこの村は、完全な人工の村で、コンクリートの立派なビルが10くらい建っているのだが、その建物のほとんどに実は窓ガラスが入っていないハリボテの村である。
 決まった時間にタイマーで一斉に明かりがつき、そして消える。住民も、決まった時間に一斉にやってきて、そして夕方になると、一斉にどこかに消えるのだ。



 プロパガンダ・ヴィレッジには、ビルのそばに座りこんでいる北朝鮮人が何人か見えた。
 座って何をしているのか、よく分からなかった。




 さらに山を分けいっていくと、車内が緊迫した空気に包まれる。
 そして見えてきたのが。



 板門店 -パンムンジョムだ……。



 「この場所が、世界で最も安全に戦争を見学できるからな。」

 死んでも国家に責任はありませんという誓約書のサインを3枚ほど書かされた。
 そして、マシンガンを持った軍人たちに四方囲まれて、共同警備区域-JSAに入った。



 「ピースするなよ。握ってるように見えるから撃たれるぞ。」



 そのあとは韓国内を回った。

 まだ韓国が貧しい時代だ。
 どこにいってもキムチの匂いがした。



 その後も、戦争博物館に行き、等身大の日本兵人形が等身大の韓国人人形をリンチする模型を見学したり、嫌日の強い地域をわざと通ったりした。


 「この先では、絶対日本語を話すな。喋ったらリンチされるから。片言でも韓国語の方がいいけれど、喋れないならせめて英語で喋れ。」
 そして、よく見ておくんだ。この国は、これからの20年で大きく発展して、やがて日本に並ぶから、と言った。

 そのあとは父の取引先の自宅に招かれた。



✳︎


 「どこかのクラブに飲みに行っても、全部、朴-パクさんが総浚いしていくんだぞ。朴さんが、経営している会社の名刺を何枚も重ねて1セットにして女の子に渡すんだから、それではさすがに太刀打ちできないよ。」

 父が苦笑いしている。




 日本では水商売の人たちに、それなりにモテる父であったが、韓国ではそうでもなかった。
 韓国は財閥の国なので、圧倒的に社長職がモテるのだ。
 ソウルでいくつもの会社を経営している朴さんが横でニコニコ笑っている。



 ふたりは満面の笑みでシェイクハンドして抱き合った。

 そのあと、わたしも朴さんと握手をしたが、朴さんの手は力強くて、圧倒された。

 「痛いだろ。朴さんの握手は。」

 父が耳打ちする。

 「絶対ビジネスで負けたくないんだよ、朴さんは。だから、握手一つで、相手を威圧するんだ。
 だから、そういう時は、こちらももっと強い力で握り返せばいいんだよ。」

 笑顔の下で、父と朴さんは殴り合っていたようだ。




 当時の韓国人の日本人に対する複雑な感情は、朴さんの手のひらの強さが物語っていた。
 闘争心の強い韓国は、日本を追い越そうと、これから死に物狂いで頑張るだろう。
 だから、20年後には追いつかれるのだと父は言っていたのだ。





 旅先であっても、行き先は全て父が決めた。

 父が独自に編み出した『教育』は、実に多岐に渡っていたのだ。



✳︎


次回 「聲-5」

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