知財高決令和7年8月13日令和7年(ラ)第10003号 仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件 パテントリンケージ制度不備が露呈か[試行版です。当記事は法的助言を与えるものではありません。全ての情報はその正確性と現在の適用可能性を再確認する必要があります。]

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/406/094406_hanrei.pdf

判例評釈

(知財高裁第1部決定・令和7年(ラ)第10003号、令和7年8月13日決定)

1 事案の概要

本件は、バイオ後続品(いわゆるバイオシミラー)の承認申請をめぐり、先発医薬品メーカー(リジェネロン)が厚生労働省および医薬品医療機器総合機構(PMDA)に対して「特許侵害の恐れあり」と告知した行為が、不正競争防止法2条1項21号の「虚偽事実の告知」に該当するかが争点となった仮処分事件である。^1

抗告人サムスン・バイオエピスは、自社製品であるアフリベルセプトBS(SB15)について、リジェネロンが特許第6855480号および第7233754号に基づき行政当局に情報提供を行ったことが、営業上の信用を害する虚偽の告知に当たると主張した。しかし東京地裁は申立てを却下し、これを不服として抗告がなされた。^2

2 争点の整理

主要な争点は次のとおりである。

  1. 行為が不競法2条1項21号「虚偽事実の告知」に該当するか。

  2. 「営業上の信用」の範囲に行政手続上の評価が含まれるか。

  3. 不競法の規律が行政手続に及ぶか否か。


3 裁判所の判断

(1) 営業上の信用の解釈

知財高裁は、営業上の信用とは「取引社会における事業者の経済的価値に対する社会的評価」であり、取引の意思決定に影響を与え得るものとした。^3 ただし、医薬品承認は薬機法に基づく行政処分であって取引社会の自由競争とは性質を異にするため、ここでの情報提供は営業上の信用毀損に当たらないとした。

(2) 厚労省等への情報提供の性質

厚労省・PMDAによる情報収集は行政処分に先立つ調査であり、提供情報は一般公開されないため、市場における信用評価に直接影響を与えるものではない。よって、先発メーカーの告知は「虚偽事実の告知」には当たらないとされた。^4

(3) 結論

抗告人の主張は退けられ、原決定を是認して抗告は棄却された。^5

4 評釈

(1) パテントリンケージと不競法

本件は、パテントリンケージ制度に基づく情報提供行為の適法性が不競法の観点から問題となった初の高裁レベルの判断として重要である。日本の制度は米国Hatch-Waxman法のような強固なリンケージではなく、行政が特許侵害を判断するものではない。この構造を前提にすると、行政内部での情報提供を「信用毀損」と評価することは困難である。

(2) 営業上の信用の限定

本判決は営業上の信用を市場取引に限定し、行政手続に伴う評価を排除した。これは不競法の趣旨に即しているが、承認遅延が実質的に市場参入阻害効果を持つ点を考慮すれば、射程を狭めすぎているとの批判もあり得る。

(3) 比較法的視点

米国ではOrange Book制度に基づく情報提供が虚偽であれば反トラスト法上の責任を問われ得る。欧州は基本的に承認と特許を切り離しているが、仮処分による特許権行使が盛んである。これに対し日本では、行政内部に限定されることが明確化され、司法救済の余地が狭い。

(4) 実務的影響

後発メーカーは不競法上の差止請求による救済が事実上困難となり、特許無効・非侵害訴訟で争うしかない。先発メーカーにとっては、行政当局への情報提供は適法と確認され、実務上の「安全地帯」となった。

(5) 評価

結論としては妥当であるが、競争促進政策の観点からみれば、虚偽・濫用的情報提供に対するチェック機能の欠如が浮き彫りとなった。今後は制度的補完(例えばANDA訴訟制度、PATENT DANCE制度、独占禁止法的規制やFTC類似の監督機関)が検討されるべきである。

5 結語

本件決定は、「行政手続における特許侵害告知は不競法の射程外」と明言した点で画期的であり、日本のパテントリンケージ制度の特徴と限界を鮮明にした。バイオ医薬品分野における競争戦略や政策形成に大きな示唆を与える判例である。

  1. 知財高決令和7年8月13日令和7年(ラ)第10003号

  2. 東京地決令和6年(ヨ)第30028号.

  3. 最高裁平成17年(受)第575号同18年1月20日第 二小法廷判決・民集60巻1号137頁

  4. 前掲注1, 3–4頁.

  5. 同上, 5頁.

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