保育士への道⑩ 耳栓と笑顔で挑んだ実技試験。私が保育士資格を手にするまで。
① 実技試験の日がやってきた
ついに、実技試験の日がやってきた。
それまで必死に練習してきた。
そして、「たぶん大丈夫」という感覚もあった。
私は、自分が“ギリギリになって緊張するタイプ”だということを理解していた。
だからこそ対策もした。
友人に試験官役をお願いして、
入室から退室までの流れを何度も練習したのだ。
だから、大丈夫。
そう思える準備はしていた。
② 試験会場の空気
試験会場は大学だった。
大きな部屋で全体説明が行われた後、
受験番号ごとに中くらいの待機室へ移動する。
そこから番号を呼ばれた人が、
実際に試験を行う部屋の前の椅子へ移動して並ぶ、という流れだった。
待機室には、独特の空気が流れていた。
番号を呼ばれても返事をしない人。
間違えているのか、棄権なのかは分からない。
多くの人は、
エアーピアノで手を動かしたり、
何かを食べていたり、
言語対策なのか、小さくぶつぶつ練習していたり。
私も同じようなことをしていた。
③ 耳栓をした理由
自分の番号が近づいてくる。
また、あのドキドキが始まる。
でも私は、
「大丈夫。練習した」
と何度も自分に言い聞かせた。
ついに番号が呼ばれ、
試験室前の椅子へ案内される。
そこで私は耳栓をした。
前の人のピアノの音や、
言語のお話が聞こえたら、
絶対に緊張が増すと思ったからだ。
もちろん、案内の声が聞こえなくなると困る。
でも私は、とにかく他人の音を遮断したかった。
結果的には、耳栓をしていても案内はちゃんと聞こえた。
前の人が進めば、自分も椅子を移動する。
それだけでよかった。
④ 「笑顔だけは忘れない」
とうとう私の番が来た。
ノックをして、中へ入る。
練習してきた通りに動く。
そして私が一番意識していたこと。
それは、
「とにかく笑顔」
だった。
最初から最後まで、笑顔で。
それだけは忘れないようにしようと思っていた。
おかげで、落ち着いて受けることができた。
⑤ 午前中で終わった、長い一年
音楽と言語は別々に行われたが、
私は午前中ですべて終了した。
そしてその時、
「これは合格した気がする」
という感覚があった。
とても解放された気分だった。
帰り道、駅へ向かいながら、
なぜか少し歩きたい気分になった。
だから、少し遠回りをして、
電車の便がいい駅まで歩くことにした。
⑥ 「何をしたらいいかわからない」
保育士試験を受けた知り合いは近くにいなかった。
だからこそ、
あの解放感を一人で噛みしめていた。
安心感。
達成感。
楽しさ。
いろんな感情が混ざっていた。
帰宅して、ふと思った。
「……何をしたらいいんだろう?」
食事の支度をする?
YouTubeを見る?
音楽を聴く?
それとも、ぼーっとする?
ずっと保育士試験中心で動いていたから、
急に自由になって、逆に戸惑ってしまった。
⑦ 合格発表の日
2026年1月中旬。
合格発表があった。
私は――
合格していた。
保育士資格を取得することができた。
約1年かけて取り組んだ保育士試験。
合格してみると、
なんだかあっけないものだった。
⑧ 2025年は、区切りの一年だった
でも、2025年という一年は、
私にとって大きな区切りの年だったと思う。
1月。
ハローワークで保育士試験を勧められ、
そのまま通信講座へ申し込んだ。
2月。
勉強開始。
4月。
試験前日に義父の葬儀。
6月末。
10年近く勤めた会社を退職。
10月。
残り5科目を受験。
12月。
実技試験。
そして、資格取得。
本当に、濃い一年だった。
⑨ そして、今
今日は、2026年5月7日。
私は今、また失業者になっている。
4月に入職したばかりの職場を、すでに退職したのだ。
その理由は――
また、おいおい書いていこうと思う。
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