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【歴史26】オーストラリア史備忘録34(連邦憲法制定会議・アメリカモデル・カナダモデル・アメリカ型地方分権・サミュエルグリフィス)

オーストラリア史の学習内容を深めていきます。

①連邦憲法制定会議ではイギリスの植民地から独立したアメリカと自治領となったカナダのどちらをオーストラリアの連邦モデルとするか検討がなされた。

②アメリカは13植民地が連合しイギリスと戦い成立した。各植民地は州となり連邦政府が設置され開拓を進め新しい州を増やしていった。州ごとに憲法・刑法・民法などの法制度があった。

③連邦政府と州政府の方針に大きな齟齬が生まれた。黒人奴隷制度と貿易政策で連邦政府と南部諸州が対立をして1861年から1865年に南北戦争が起こった。

④カナダはイギリス系移民を中心とする西カナダ(オンタリオ州)とフランス系移民を中心とする東カナダ(ケベック州)が中心となって各植民地を連合して連邦制としてイギリスの自治領とした。

⑤カナダは州ごとに独自の政府があって各州の住民は対立していた。しかしアメリカで南北戦争が起こったので憲法には連邦政府に権限を与えている。

⑥議論の結果としてアメリカ型の地方分権的な政治体制が支持された。クイーンズランド植民地首相サミュエルグリフィスがアメリカ憲法をモデルとして連邦憲法の草案を作成した。

⑦各植民地政府は異なる軍隊、鉄道網、郵便制度を確立しておりアメリカ型の連邦制度が選ばれやすかった。また内戦に発展する可能性はきわめて低かった。

⑧カナダのケースではオンタリオ州とケベック州の相違が必然的に生じたがオーストラリアの各植民地の多くはイギリス系移民が多かったので構造的な対立は生じづらかった。

■参考文献
『1冊でわかるオーストラリア史』永野 隆行 河出書房新社

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