果代の山が呼んでる・番外編 同じ国に生まれたの、ミラクルロマンス
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我が先祖、家系のこと、郷土の歴史。
調べたり妄想したりしてます。
ここでまたちょっと雑談ぽくなる。
内容は前回のものとほぼ同じ。
NHKのファミリーヒストリーをたまに観ている。
過去に見た回は、ビートたけし、小島よしお、松岡修造など。
お笑い芸人(修造さん…)が多く出てくる印象はあるが、毎回驚きと感動があって、面白い。
戸籍をとったり、郷土史を学んでみたいと思ったきっかけの一つになっている。
番組で取り上げられる人は、父母の家系をたどっていくとどうやって出会うんだというような遠い地域の人が結婚している例も多い。
おっぱっぴーの方のご両親は北海道と沖縄、確かそんな組み合わせだった。
対して私の家、もう片方の親は県内の少し離れた地域から果代にきている。こちらの家は、祖母の生家を辿ると大正から戦前にかけて、村長をしていたという曽祖父がいたりする。
また、父母どちらの家も大体半径20キロくらいの範囲にみなご先祖がいたことがわかる。それぞれ藩は違えど同じ旧国の生まれ、少なくとも江戸時代の頃から、それぞれの盆地の端から、似たような山々の風景を眺めながら暮らしていたのだろう。
また、番組を見ていると、特に松岡修造氏の回は圧巻の「華麗なる一族」だったが、ご先祖を辿ると誰かしら似たような仕事をしていたり、価値観が似ていたのではないか、という行動をしている人がいたりする。
この点に私はすごく興味を惹かれた。
何代にもわたって、血肉の遺伝的なものとは別に、精神や価値観が家系で継承されているということがあるのだろうか。
曽祖父は近衛騎兵をしたのち、地元の県議会で書記の仕事をしたり、書家や肖像画描きのようなことをしていたとも聞く。
曽祖父の兄弟にも、学校の先生をしたのち修行の末親戚関係の家のある村の曹洞宗の寺で住職になった人もいたらしい。
私が今ここでしこしこと駄文を練り、したためることに熱量を振り向けているルーツが、こういうところにあるかもしれない。
日本は有史で革命が起こらなかった国、ということを誰かが言っていた気がする。
私の記憶が正しいかどうか、またその認識が合っているのかはわからないが、そうだとすれば、中世から近世、そして近代へと世の中が移り変わり、社会を支える仕組みは変わっても、その担い手はこうやって形を変えながら生業を継承し続けたのだろうか。
先ほどの曽祖父やその兄弟のほかにも、全員ではないが現場を守る公の性質、いわゆる「かたいおしごと」の人が比較的多く、江戸時代の穀留番所という仕事に何かしら通じるものを感じている。
子孫の方もまた、そのすべてがこの傾向を受け継ぐこともないだろうが、この地に残る我が家が、たまたまこの気質を受け継いでいるのでは、と考える。
そうすると、果代に来る前のご先祖も、もしかしたらこうだったのかもしれないと、不思議な興味が湧いてくる。
