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我が初恋のゴキブリホイホイ

今日は、初夏の空気が長雨を誘う季節にぴったりな、幼い私とゴキブリホイホイの話をしようと思う。
物心とともに出会い、いつしか心が離れていった初恋のような淡い思い出だ。

確認のため、8歳の甥に「ゴキブリホイホイを知っているか」確認したところ、そんな事よりポケモンの話をされたので知らないと解釈し、令和のガイズに簡単に説明しておこうと思う。
雪国と外国育ちの人も読んでいるかもしれないし。

ゴキブリホイホイとは、アース製薬が1973年から発売しているゴキブリ(以下・G)の捕獲をメインにしたロングセラー商品である。
昔ながらの長屋のデザインをした設置型の捕獲剤で、Gの食欲をそそるにおいで誘いだし、ホイホイと長屋に足を踏み入れると、床一面の粘着シートにくっついて万事休す。
捕獲されたGは紙製のゴキブリホイホイごと触らず燃えるゴミに出せ、殺虫成分を使わないペットにも優しい気遣いもあるうえに、突然の来客が見つけても一見ペーパークラフトの家のようでユーモラス。
動物と人間の生態を研究し尽くしたアース製薬の企業努力の賜物である。
昭和〜平成のガイズに説明すると、不二子ちゃんのベットに空中脱衣で飛び込むルパン方式、と言えば分かりやすいだろう。

幼い私がなにゆえこのゴキブリホイホイに惹かれたのかは、未だベールに包まれたままだ。
誘引剤の匂いが好きすぎた訳でも、凸凹になった粘着シートに捕まりたい訳でも、近所のおばちゃんに「騙されたと思って住んでみて!案外悪くないから!」と吹き込まれた訳でもない。

気づけば目で追い、惹かれてた「夢中だった」の表現が一番しっくりくるかもしれない。

さかのぼること幼少期、姉達のお絵描きを私はよく眺めていた。
姉二人はフリルが沢山あしらわれたドレスを身にまとった“お姫様になった私“と“理想のお城“を紙いっぱいに描いていた。

「お城は10階建てで、部屋が100個あって、ここは宝物庫、ここは大きな食堂…」

見栄も恥も建築基準もない、欲望丸出しの姉達の理想の城には使いきれないほどの部屋があって、部屋の配分のネタ切れを起こすと「お金の部屋」なる、ノーセキュリティ過ぎて逆にルパンも素通りしそうな部屋を量産する。
“名打者は早い球より意外と遅い球の方が打てない法則“と似たような発想の姉達の絵を、手を叩いて誉めそやしつつ、私の心は常にひっそりと祖母の家の台所の片隅に置かれた紙の家にいた。
どんな豪邸よりもゴキブリホイホイのあのペターっとした長屋スタイルの家の方が、ずっときっと居心地がよくて素敵なのに。

そんなに好きならゴキブリホイホイ的なものをダンボールか何かでこしらえて、そこに一人で入ればいいんじゃないか?と助言されたこともある。
Gになって入りたいの?入って死ぬだけなのに!と鼻で笑われた事だって。

私とてGになってあれを終の住処にしたいのではない。
そもそもあれはGの住む世界、人間の私と彼らは共存しているようでいて異なる物なのだし、人間の私があれに入るのは物理的に無理だ。

なのに狂おしい、悩ましい、忘れられない。
何度すくっても手のひらからこぼれ、風に飛ばされ消えていくきめの細かい海の砂のような、ゴキブリホイホイ。

だけどどんなに諦めても、愚かな私は探してしまう。
冷蔵庫と壁の隙間、野菜を保管するパントリーの隅にゴキブリホイホイの影を。
そして覚めない夢をみる。

緑の箱から封印を解かれしゴキブリホイホイに、私は四つ這いで入っていく。
まずはごろりと仰向けになり目を閉じて、身体中で君を感じるよ。
すっかり打ち解けたら、時間を忘れて映画でもみないか?
そして寝過ごした朝に膝を叩いて「何やってんだか」と、気が付けば日課になっていた朝のコーヒーを今朝は私が淹れるよ。
時には屋根を開いて星空を眺め、寒い夜は暖かい冷蔵庫の裏で寄り添いあおう。
そうだいっそ2人で旅に出ないか?
独り身の気ままな私と身軽な紙製のゴキブリホイホイの2人なら、場所を問わずにどこにだって行けるじゃないか!

幼い私の切実な夢は、その後やってくる「ゴミ収集車のおじさんのハコ乗りスタイル超カッケェ!!」の安心よりもスリルを伴うわんぱくな冒険心に打ち消されるまで続いた。

大人になった今でも梅雨が近まるこの季節にドラッグストアに行くと、プロモーションに並ぶ忌避剤の片隅で、根強い人気のゴキブリホイホイの箱とすれ違うと私はソワソワしてしまう。
もう、通り過ぎた思い出なのに。

いつか私が何かのインタビューで「人生で始めての挫折はいつですか?」と聞かれたら。
「幼少期に味わった自分はどう足掻いてもゴキブリホイホイには住めないという、努力や根性で乗り越えられない身体的などうしようもなさ、ですかね」
と貫禄たっぷりに答えるよ。

初恋とゴキブリホイホイは叶わないからこそ美しい思い出となり、後を引いてしまうのかもしれない。

#なんのはなしです家
#なんのはなしですか
#賑やかし帯

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