サボる事が、サボれない
ぼんやりしてる、何もせず。
同じような人多いんやないですかね、スマホの無限スクロールが止まらないとか、エンドレス動画ベルトコンベアとか。
私は気がついたら無心で一点見つめするんですよね。
あれもしたい、これもしたい、もっとしたいもっともっとしたい、と思いながら、そのあれこれを考える事に専念し、他の事を積極的にサボっている。
しかも顔がキリッとしているから外から見れば考え事をしている人、タチが悪い。
前向きにサボる初速は早いのに、サボる事がサボれない、なんなんでしょうね。
決してしたくない作業でもないし、面倒な訳でもない、早く終わらせてスッキリしたいのになかなか腰が上がらない。
この現象が起きる理由に、作業を終えてしまう寂しさから完結を遅らせたい人も一定数いるらしい。
次の作業もやりたい。いや、それをしたくない。終わらせると次が見つからない。
この作業が好きすぎて終わらせたくない、これが最後の恋!と信じてずるずる遊ばれているような一人相撲に陥る。
でも私はスッキリ終わらせたい派だ。
来る者拒まず、去る者追わず、無いなら無いでそれでいい。
それなのにサボる。
日々のストレスは、こんなちょっとやり残しが積もったイライラもあるんですよね。
なんて、理屈も分かっているし、する事自体が嫌でないなら終わらせて仕舞えばいいのに、サボる。
もしかしたら私はストレスを溜めたいのかもしれない。
だから積極的にサボっているのかもしれない。
いや、いらんわ、じんわりくるドM。
いらん、傷ついた。
侑太郎さんがおもむろににサウナ入ってくる動画見よう。
侑太郎さんの動画を見る作業をサボれないのに、サボる事がサボれない。
そしてサウナの中でぼーっとしてる侑太郎さんの動画を私もぼーっと見る。
侑太郎さんはバスケが絡むと何事もサボらない。
つらい道と楽な道があればつらい道を選択し、粛々とこなす。
練習も筋トレも「辛い時の最後の一回」と、周りより一回多くこなしてから終える、ドMの真髄みたいな人だ。
そして、人一倍ぼーっとする時間を大切にしている。
侑太郎さんと言えば、何よりもまず否応なしに美しい筋肉だ。
そして美しい筋肉を作り上げるにはストレスを減らさなければならない。
例えば美味しい肉牛を育てるとする。
まずは餌、そして土地の広さ等の環境がものを言う。
広い敷地でしっかり運動をし、うまい飯を食い、ぼーっと昼寝する、牛のストレスをどれだけ減らしてのびのび肉を育てるかにかかっているのだ。
私は侑太郎さんの筋肉も同じシステムで育てられていると予想している。
社会生活の中で精神的にストレスを感じると筋トレに励む人がいる。
精神ストレスと肉体ストレスなら、人の脳は肉体ストレスを率先して解消するらしい。
だからまず筋トレをして肉体にストレスを与え、そこを解消することで精神ストレスも緩和しているらしい。
だがその場合、心のケアはできたかもしれないが、負荷をかけられた筋肉のストレスはどうだ?と問いたい。
ストレスの溜まった筋肉は硬なり、歪についてしまって血色も良くないのだ。
侑太郎さんは練習中以外であまり筋トレをしない。
練習でしっかりと負荷とストレスを加えたあとは、ピラティスやヨガで筋肉を柔軟にして積極的にリラックスさせる事を選んでいる。
最後に1人でサウナにこもりぼーっとし、他の事をシャットアウトしてサボのだ。
侑太郎さんの美しい筋肉のほとんどは、トレーニングをサボらず積み重ねた筋肉の年輪、そこに美しさが加わり盛り上がった努力、即ち、サボらない精神の結晶のバームクーヘン。
だが逆に、適度にサボってリラックスする事でふんわりふかふかのジューシーな肉質も維持し、そんな健康な筋肉そのものみたいな笑顔で今日も朗らかに笑っている。
筋肉は人だ。
そして人が社会を作り、社会は世界に、そして丸い地球になる。
全ての筋肉は地球に通じ、筋肉が地球を回している。
いや、宇宙の筋肉が地球を回しているのか?
なんて、つらつら根拠はないのに一理ありそうな妄想を書き出しながら、すでに30分積極的にサボっている。

