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そして今日も、古本屋の隅の「サンタフェ」を確認する

この辺りに一件しかないブックオフの客はおじいちゃんが圧倒的に多い。

長期休暇中は小中学生も増えるが、メッシュ素材でやたらポケットの多いベストを着たおじいちゃんの来店率が高く、胸ポケットから「仁丹」を出して噛んでいる。
口臭予防のエチケットか、気分転換か分からないが、あの緑の蓋の瓶をサッと出し銀色の粒を口に放り込む。
おじいちゃんの仁丹から漂う生薬配合の貫禄は凄まじく、ヒヨッコの私はサコッシュにぶどう味のミンティアを隠す。

新興住宅が多い山側と違い、浜側のこの辺りは地元民が多くお年寄りが目立つ。
飲食店もスナックやカラオケ喫茶が多い、居酒屋は意外と少ない。
少し車で走ればでかいイオンがあって中に大型書店もある、若い人はそこに集まる傾向がある。


立ち読み客が多いからか、ブックオフのスタッフもマイペースに仕事をしている。

カウンター業務をしながら、散歩がてら立ち寄るおじいちゃん達を見て「あ、三平さん来たね」など、勝手だが悪気の無いニックネームで来店確認する。
独居老人も増えているし、地域の見守り隊のような関係性が自然とできているように思う。

ちなみに三平さんは、マンガ「釣りキチ三平」をいつも立ち読みしているからだろう。
なぜ私も彼を認識しているのかというと、三平さんは森下仁丹がセット売りしているゴールドの薬入れをいつもベストの胸のポケットに入れているからだ。
他の仁丹勢は瓶かシルバーの薬入れ派が圧倒的に多い中で、あえて人と違うゴールドを選んだ三平さんはめちゃくちゃ尖っててかっこいい。

店内の客層が違えば本のラインナップも偏る。

国道沿いで近くにローソンもあるからか、トラックの運転手さんが業務の合間に読み古したマンガを売りに来る。
そのせいかコンビニや高速のSAでよく見るエッチなペーパーバックや、青年漫画が多い。
小説も官能小説が1/3を占め、残りはエロめの時代小説とミステリー。
ゲームソフトは少ないが、CDとDVDコーナーは根強い人気で客足が絶えてない。

本に染みつき落としきれないにおいは、圧倒的にタバコのにおい。
電子タバコを選ばないおじいちゃんからもタバコのにおい。
たまに交わすおじいちゃんとの会話中、横切るようにする、タバコと仁丹の混ざった独特のジリッとしたにおい。
昨今のスモーカーからはにおわない、ここはまだまだアナログのにおいがする。

突然だが、私は官能ものが好きだ。
人の裸の肉体も好きだ。
人と人とが本能のままにまぐわうシーンは分かりやすく興味を引くし、その生々しいやり取りを本屋という理性的な場所で見る背徳感も好きだ。
でもこの手の本を大型書店であさっていると、そこを目当てに来た殿方が女の私を気にして迂回をする。
隣の棚から視神経がぶっちぎれそうな程の横目で吟味する人も少なくなく、申し訳なくて思うように探せない。

悪い事をしている訳じゃないと開き直るのもありだが、自分よりもこの人達の方がもっと本能的に欲しているはずと思うと身を引いてしまう。

だけどこのブックオフではそれが無い。
何故ならおじいちゃん達は経験値が高いから気にしない。
驚かれることはままあるが「今の若い人は自由やな」と隣に立って自分のお気に入りの小説を勧めてくれたりもする。

おじいちゃん達は後妻さんの話や熟女を好む傾向がある。
とは言え、小説内の熟女はおじいちゃんからすれば娘くらいか少し上だろう。

熟女とは?となるが、きっとおじいちゃん達にとって30代くらいが1番旺盛な時期で、同時に苦労した感慨深い頃だったのかもしれない。
その記憶でこのブックオフに集まっているのかもしれない。


私はこのブックオフに入店するとまず「写真集」のコーナーに向かう。

見出し帯の「写真集」の前に立ち、宮沢りえの永遠の18歳を閉じ込めた写真集「サンタフェ」を探す。

サンタフェはブックオフの写真集コーナーに高確率であって、くたびれたビニールにラベラーで値段をうたれても、りえの匂い立つような若い肢体の輝きが守られ続けている。

表紙の写真は、規則的に並ぶプロペラみたいな形状の穴が開いたデザイン性の高い扉がバーンとあり、その後ろから裸のりえがこちらを覗いている。
少し不安げな細い顎の下、全貌のたわわさを伝える下乳のライン。
脂肪の少ない若い腹に窪んだ小さなヘソ、ちょうどよく扉で隠されている陰部。
なんとも挑発的な地団駄踏みたい表紙。

私は出来るだけ状態の良い写真集を最安値で買いたい訳でもないし、そんな優良サンタフェに出会っても買う気はさらさらない。

じゃあなぜ探すのか?と聞かれると返事に困るが、一つ思い当たる思い出はある。

近所に住んでいた父方の祖父が「サンタフェはいい」と穏やかに言っていた声の記憶。
祖父はいつも菅笠をかぶっていた。
大型スーパーに友達と屯していて、会いに行くとチョコとバニラのミックスソフトを黙って買ってくれた。
アトピーで食事制限を受けていた私が、人目も親も気にせず自由に甘いものを食べれる時間は、このおじいちゃんとの時間だけだった。

思えばあの頃、お節介なおじいちゃん達が街中のあちこちに屯して見守ってくれていた。
マジックを見せてくれたり、甘いものをくれたり、悪さすると親の代わりに叱って危険を回避してくれた。

ノスタルジーなんて言葉では生ぬるい。
当時のお節介は地域への気遣いだった、子供への優しさ成分が多かった。

私は今、このブックオフにあの頃の記憶を託してサンタフェを探しているのかもしれない。
そしてそれは多分、三平さんが何度も「釣りキチ三平」を読むのと同じく、心地よい楽しい記憶を反芻したいからかもしれない。

とは、今これを書きながら思うことで。
店内ではサンタフェ後、速やかに人目を気にせず官能小説を吟味し、安くなった話題書をチラ見して帰る。


去年末ブックオフに入店すると、会計中のレジ係が「あ!」と声を出した。
私は他人事だと思って会計客の後ろを通り過ぎ、いつも通り写真集の棚に向かう。

写真集の棚の後ろは囲碁・将棋のコーナーがあり、そこでおじいちゃん達がボートレースの話をしながらスッと通路を開けてくれ、軽く会釈してサンタフェを探す。

ない。

サンタフェが、ない。

悲しいとも悔しいとも言えない絶妙な虚無感。
だってここは古本屋だもの、売買をすのが前提の場所なのだ。
一つの時代が終わった、ただそれだけのことだ。

聞き飽きたBGM、おじいちゃんと本に染みついたタバコの匂い、目の前では派手な衣装のアイドルの写真集が面陳されていて、開いた自動ドアから国道を走るトラックのタイヤがアスファルトを噛む音する。

いつもと同じ店舗の中なのに、白々しているような孤独が付きまとう。

「いらっしゃぃあ〜せ〜」

クセの強いイントネーションの声出しが店内に響き、古株パートスタッフがおじいちゃんをかき分け、私の隣に立つと「ちょうど売れたんよな」と呟いてサンタフェを棚に補充し、売り場を軽く整える。
そしてバックヤードから出てきたスタッフと目配せしてカウンターに戻って行った。

私はサメの歯式で出てきた真新しい古本のサンタフェを手に取る。
くたびれてはいるが、まだ擦れて白くなっていないビニルに包まれた裸の宮沢りえと目が合う。

あぁ、仁丹買おうかな。

心地よい風は、吹かなくても肌で感じれる。

ついに私もブックオフで市民権を得た。
ニックネームはきっと「サンタフェ」だ。


「サンタフェ」を知らない人も増えてるんだろうな

#なんのはなしですか
#賑やかし帯
#オチが侑太郎さんじゃないエッセイ

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