取り急ぎ、「綾野剛」を文字化したい
グワッとガシッと鉤爪で掴み込んでそのまま上空に掻っ攫われるように今、役者の「綾野剛」に心を掴まれちまった。
綾野剛を文字化したい。
画面の中の綾野剛は良い、精神衛生的に良い。
「本当にいい役者さんだ」と腰を据えてじっと観察していられる。
敬称は略する、その方が綾野剛は名前を読む時のテンポがいいから。
綾野剛は役を選ばない。
穏やかでも、常軌を逸脱しても、最低最悪も、明るく無邪気でも、情緒不安定でも、何をやっても人間らしく、人間の良いところも狂気な部分も出せる。
どんだけ血まみれで床に這いつくばって泣きじゃくって、なんかのタガが外れて憤怒の顔をカメラに向けても、私は安心して見ていられる。
むしろ、綾野剛が荒れれば荒れるほど心穏やかになる。
もっと抜かりなく荒れ狂ってくれと思う。
ドラえもんに甘えきって怠惰に昼寝を貪るのび太くんみたいな気分で、投げた枕が床に落ちるまでの速さでリラックスできる。
名前の字面だけ見てたらジャイアン感あるけどね。
話はそれるが、人の無意識下に押し込んでいる狂人を出すのが上手いのは、菅田将暉もだ。
でも彼の持つ透明感は文字にすると崩れる。
毒を持ったクラゲを陸で観察するようなもので、私なんぞが書いてはいけない神聖な深海領域にある。
あの唯一の透明感を書ける力量が私にはない。
書きたいなぁ。
でも今は俺達の綾野剛やなぁ。
綾野剛は底に残留物が溜まっているけど、上澄みは無色透明、たまにそれが混ざった惰性で生きるふりして底が深い演技をする。
綾野剛をモデルに登場人物を作って小説を書きたいなぁ。
とにかく今は可及的速やかに綾野剛を文字化したい欲求が溢れている。
でも、特に書きたい題材がない。
あぁ〜綾野剛が書きたいなぁ。
時代劇がいい塩梅やなぁ。
以下、流しの綾野剛が辻斬りを斬るだけの話を妄想します。
ちこっとグロテスクだけどただの妄想だよ、苦手な人はここまでお読みくださりありがとうございました。

ほりは浅い虚な目には深いクマの病み目で、口の端だけでニヤつく綾野剛がこの後の身の振り方を悩みながら夜道をふらつく。
月は低いが雲はない。
提灯無しでも足元は十分見えるがお陰で冷え込みはひどく、意味があるのかわかりゃしないが、気持ち暖を求めて右足の甲で左足首の後ろをこする。
草履の鼻緒はさっきまでの酒の相手の花がらの手拭い、白粉の匂いが残るそれをつま先を挟む。
いい女だったなぁ。
一緒にいるとぼんやり明るく心地いのに、5分も離れると肌を冷やして後ろ髪を引く、まるで今夜みたいな女だったなぁ。
やはり戻ってあの女の肌で暖まろう。
踵を返して急ぐ足の浮き出たアキレスに何者かが蹴った石が当たった。
「御免」
鯉口は切られてた。
背後から斬りかかられて避けるついでに捻った腰で、抜いた刀をすらりと合わせて間合いをとる。
真っ赤な襦袢に柄ががらがらの着流し、人を食った口元から遅れて落ちる惰性の笑い。
「あぁん、ちょうどムラムラしてたのよォ」
語気に含む熱のある狂気に、辻斬りはひゅっと息を吸って足を擦って切先を下げた。
その一瞬の迷いでずぶりと喉笛をかき斬られ、反動であげた腕の下に切先がうねって胴体を捌く、腸膜ごとぼとりと湯気を立てた腑が溢れて膝をつく映像が浮かんで上段に構え直す。
恐怖心から大きく頭頂に一振り、交わされて振り向き真横にニ振り、動きを見透かす綾野剛の膝がぱかりと割れて着流し裾を大胆に割る。
ミリッ、安い生地が帯と擦れて糸を張る。
うまく噛み合う帯と着物の生地はそれ以上の着崩れを許さず、足を踏ん張り不安定な大勢で刀をやり過ごす持ち主と同じく、縫い目が糸を食いしばる。
それにかまけて綾野剛は口端だけニヤニヤと上げて仰け反り、褌丸出しで咥え煙草の先だけ切らせる。
赤い火花だけが刃をかすってチチッと宙に弾けた。
おっともったいねェ。
すぱすぱ火種を探して短く強く吸いながら、息に合わせてポンプみたいに上半身をくいくいと戻したと思えば、投石器のように頭が頂点を超えると自分の体重で勢いよく前に倒れながら肩から一閃、袈裟に斬る。
不意を突かれて防御が下がり、前のめりになる辻斬りの前にドドンッと足を踏み込むと、手首で刀を返して切先を上に向け、相手が倒れる重みでゆっくりと喉を突いた。
もう死ぬというのに息をする、砂の上に膝をついて自分の血に溺れるように、息を吐くたびぶくぶくと赤い泡を吐く。
がぼがぼっゴボぉ…っぶぅ、ふぅ、ぶふぅぅ…
あぁ、風情のない音をたてやがる。
刀に血が伝う生ぬるさは嫌いだ、首の皮が突き抜ける前に力任せで仰向けに倒し、胸を踏みつけ刀を引き抜く。
飲む唾も沸かないほどのほてりと怠さ、それでも一夜の熱にはまだ身に余る。
かさり、と音がして静かな昂りを宿して振り向く。
柳の下に隠れていた飛脚が、ヒィヒィとトラツグミのように喉を引き攣らせ、自分の胸や喉に刀傷がないかを掻きむしるように確認しながら足だけ掻いて尻を擦って下がり年寄り柳の太い幹に当たった。
「あんた、懐紙か火ィ持ってるかい?」
火のない煙草を乾いた唇に皮一枚で唇にぶら下げたまま喉をゴロゴロ鳴らして聞いたら、枝垂れた柳の葉に首すじを撫でられ飛び上がり「ひゃぁあああッ!!!」と山猿みたいに歯を剥いて、四つ這いで砂埃を残して関所の方へ逃げ去った。
「……。」
血振りしながら眉間に皺を寄せ顔をあげ、慣れた手つきで鞘に収めて、額に飛んだ返り血を風に晒して乾かす。
口の中はチャンバラ騒ぎの前に飲んだ酒の湿り気だけ、熱はすっかり底冷えの夜に吸われてしまった。
「興がさめたなァ、…よぉし朝まで飲み直しちゃおう」
袖を抜いて襟元から出した手で、顎を撫でながら雪駄でペタペタ座敷遊びにいっちゃう呑気な綾野剛。
朝寝かまして二日酔いの昼下がり。
橋の上で欄干に肘をつき、昨夜の何時にどの寝床で誰から手に入れたのかの記憶がない南蛮渡来の玩具、赤いびーどろを袂から出す。
黒に近い赤で着色した薄い飴細工のようなそれの形は、さながら絵の部分まで赤い飴をひき逆さに持ったりんご飴、薄い唇で空洞になった細い柄を咥えて酒臭い息を吹き込むと、丸く薄い赤い大きなあぶくみたいな薄い薄いガラスの底が震えた。
ぽっ…ぺん。
おぉ、こいつは風情のある音を立てる。
機嫌は良くなる、だがすぐひと息ふくたびコメカミに青筋がうき、拍動に合わせて痛みが頭蓋骨に刺さる。
昨日の辻斬りの骸が下の川べりでむしろに巻かれて転がされてる、野次馬連中が口々に有る事無い事言いながら、相当腕の立つ侍がこの一帯にいると興奮で声を荒げた。
腕が立つ、その言葉は嬉しいけどよ、そのクソ野郎のお陰でいい女がどこぞの若旦那に寝取られたのよ、と恨み節混じりの唾を吐き捨て、二軒目のやけ酒乱痴気騒ぎの土産の二日酔いに項垂れる。
腫れぼったい目が浮腫んで余計に細くなり、空きっ腹から安酒に混ざって饐えた胃酸が食道をじわじわ逆流して吐き気に変わった。
…ぅおえぇ…はぁ、へへへ。
でもまぁ、アンタ悪くはなかったよ、ただまぁ運と相手が悪かっただけさ。
ぽっぺん、
ぽっぺん、
アァ頭いてェ…
悩ましいハの字眉の下の伏せ目で飽きない人だかりを見下ろす、野次馬の大人の尻を掻き分け先を急ぐ、風呂敷包を抱えた子供を見つけた。
通り過ぎざま腕を掴む、昨日の女よりも細い腕はしっとり汗に濡れている。
「おいチビ、お遣いかい?かしこいなァ…おら、おっかァには内緒だぞ」
脇腹で吸い口を拭いて、通りすがりに子供にびーどろあげちゃう綾野剛。
綾野剛の語尾の母音はカタカナがいいな。
声が意外に高いから、そこを注意して繊細に言葉をあてないとな。
なんのはなしか分からないけど、着流しの綾野剛が赤いびーどろ吹いててほしい願望だけの話です。
なんて綾野剛を書く準備が着々と進んでいるけど。
Bリーグのチャンピオンシップのセミファイナル観たいから…やっぱり綾野剛の文字化はこれでお開きなんだなァ。

