大道具のバイトの面接で「漫談」をした思い出
「吉本新喜劇の大道具のバイト」の面接を受けたことがある。
滅多に降らん大阪でも、雪が散らつくような真冬でした。
理由はお笑いの聖地大阪に生まれ、慣れ親しんだ新喜劇の舞台を作れる仕事っていいな、思ったのと工作も好きやったから。
でもこれごっつい人気の仕事なんです。
やから面接も集団面接で、10人で1組の面接が3組〜4組くらいありましたね。
それで書類審査受かった人達ですから、応募はかなりのもんです。
吉本新喜劇を見たことある人ならわかると思いますが、かなり本格的な舞台装置を作る仕事なんで芸大生も結構受けるんです。
芸人さんとお近づきになれるんちゃうか?みたいな下心満載の今で言う推し活女子も受けるし、私みたいに純粋な好奇心や仕事探しで受ける人もおる。
でもここでの1番の強敵はお笑い芸人になりたい、芸人の卵。
先輩芸人にお近づきになれてコネも出来るし、お金もらいながら装置の裏で先輩の芸も見れる。
吉本の給料なんか雀の涙で業界でも一般人の間でも有名ですから、憧れの舞台で仕事できるのは最高なんですよ。
面接会場の控え室の、並々ならぬ空気は今でも覚えてます。
高校受験や英検の面接とは違う独特の空間やった。
壁の方向いてぶつぶつ言うてる人とか、何回もネクタイ締め直してる人、ホットレモンにのど飴入れて溶かして飲んでる人。
多分、半数がなんらかのお笑いに関わってる人やった気がします。
私は第一部の10人目に呼ばれて入室した。
コの字に配置された会議用の長机にパイプ椅子が並べられてて、声をかけられて着席する。
面接官は3人。
真ん中にスーツにメガネの女性、両脇にいかにも面接官のガリガリと小太りのおじさんが、コの字のうちらとちょっと離れた机に座ってコピーした履歴書の束を見ていた。
「人数が多いので右回りに1人ずつ立ち上がって、自己紹介と志望動機アピールポイントをお願いします。言い終わったら座って、それを合図に右隣の方お願いします」と指示が出て面接が始まった。
「お願いします!」
1番右端の奴が勢いよく立ち上がって自己紹介を始める。
腹から声が出ていて、なんとなく慣れてるなと思ったら「NSC〇〇期生で…」芸人の卵やった。
その瞬間、会場の空気がピリッとした。
それまではタランティーノ監督の映画「レザボア・ドッグス」みたいな腹の探り合いやったのが、一気にブルータスお前もか!になったんです。
そいつは自己紹介もそこそこにアピールポイントになると「一発ギャグやります!」と、もう50万億こすりはされてる、挙手して脇を隠すあれをやり、持ちネタを披露した。
滑ってた。
いや、会場とのミスマッチもあってそこそこ笑えたけど、皆んな悔しいからか「ふ〜ん、ブルータスお前やるな」みたいな痩せ我慢の空気。
私は面接中やからほっぺの裏を噛んで笑いをやり過ごした。
不完全燃焼のブルータスが終えると次の人が立ち上がる、こいつはカエサルかな?と思ってたら「大学のお笑いサークルに入っています」
ブルータス!2人目か?!
そろそろお気づきかと思いますが、私が入ったこの一部の組、全員お笑い志望の芸人の卵やったんです。
芸人さんって負けず嫌い多いんですよ、そのくらいの気持ちないと笑いで飯なんか食えませんから。
それにノリがよくないと出来ません。
やから、ブルータスが始めてしまった「ボケましょう」がどんどん次にリレーされていく。
しかも、右回りにいったら私が最後の大トリ。
上方お笑い大賞やったらオール阪神・巨人師匠とかのベテランもベテランのポジション、耐えれるはずがない。
私は完全にM-1のオーディション来たみたいな会場の独特の空気とプレッシャーに完全に飲まれていました。
順番は着々と近付いて、もう7番目のピン芸人がややウケしてる。
待って、ネタ?即席で一人で出来るネタなんかあった?めっちゃ記憶の中探るけど見当たれへん。
まぁネタなんかある訳ないですよね。
私は芸人など目指した事もない、どこにでもいるただの元気なメガネですから。
9番目のフリップ芸やってるけど、フリップないから体張った一発芸が終わる時、腹が据わった。
芸人も目指した事ないし、クラスのお調子もんでもない私だが、お笑いは好きやし毎週土曜日はチキンラーメン食べながら吉本新喜劇をずっと見ていた。
なんも知らんポッと出の奴よりは笑いの基礎も知ってるし、笑いの巨匠達の大立ち回りも見つめてきたんや。
いける。
勝ち方は知らんけど、負けない試合なら出来る。
私は戦った。
自己紹介は穏便に済ませ、志望動機では「自分は芸人志望やない」事を高らかと宣言し、周りの奴らの肩の力を抜いてから渾身の漫談を1分で落とした。
内容は覚えてない。
サッカーで有名な「ドーハの悲劇」は、あまりのショックに当時あの現場にいた選手もスタッフもすっかり記憶が抜けているそうだ。
人間は大きすぎるストレスを抱えるとその事象を記憶から抹消する(完全には消えない)らしい。
私もこの漫談が相当のストレスだったのか、そこだけ記憶がごそっと抜け落ちている。
面接が済むと、また控え室に戻された。
「3次面接に進める人だけ名前を呼ばれるので、後の人は帰宅してください」と言われ1人ずつ名前が呼ばれる。
当たり前だが、通過者に私の名前はなかった。
そらそうや、大道具の面接で漫談やってんねん、アピールポイントが本末転倒してる。
しゃあないわと脱力した肩を隠すようにコートを着込んで会場を出ると、背中をポンっと叩かれた。
「お疲れさん、面接残念やったな」
ブルータスだった。
「面接官を一番笑かしたのあんたやった、悔しいけど最高や。よかったらコンビ組まへんか?」当たり前だが、断った。
私はこの時、ブルータスこそ悪の根源やしお前があの時ネタかまさへんかったら、うちらのチームはまだいい成績残せたんちゃうんかと完全に敗北をブルータスのせいにした。
でもよく考えたらグループ面接はチーム戦やない。
ここで私が大真面目に自分を大道具としてアピールすれば一人勝ち出来る土壌がすでに仕上がってたんですよ。
やからここは「ブルータス、囮になってくれてありがとう」なんですけど、勝手に全員が二人三脚みたいに足に紐繋いで共倒れしてたんです。
空気に飲まれて冷静さを欠き、目的を忘れた俺が俺が!の結果であり、私達はそんなんやから面接に敗北したわけで。
私とブルータスが立ち話をしていると、他の奴らも出てきて「あんた、いいよ!お笑いやらへんか?」と合計3人の人にお笑いに誘われた。
「試合に負けて勝負に勝つ」ってこうゆう事かもしれん。
フォーメーションがバッチリやったから、お笑い志望でない事を囮にして最後に私が面接官の裏をかいて笑いのゴールを決めれてたのは明らかなんですよ。
面接は落ちたけど、私はこの試合で確実に自分にとって大切な何かを得ている。
気がついたら集まってた一部組(全員落ちた)に囲まれていた。
そんで、珍しく粉雪が降った大阪の終電間近の地下鉄入口でアホみたいに夢を語って笑った。
ちらほら深夜バイトに向かう奴らをおちょくりながら見送って、NSCの一番先輩が自販機でお汁粉買ってくれて、「でもなんか、悔しいなぁ!」って円陣みたいなん組んで。
カラオケでバイトしてる奴が玉置浩二の「メロディ」なんか歌い出すもんやから、皆んなでちょっと涙ぐんで大阪の夜空を悔しさと青春のため息で白く染めた。
面接は完全な敗北やけど、結束力とか実力とか、内なるポテンシャルとか語り合ったあいつらとの時間は無駄やないし、プラスになった。ほんまにありがとう。
ちなみに、見覚えのあるやつで今現在も芸人をしている奴は私を含めて1人もいません。
これが現実ってやつですね。

