こいつら何か変?な不穏小説『幸せな胸骨』
不穏なBL小説を書く企画開催中!
今回はいつも参加してくれる常連作家・かし子嬢の我儘設定をもとに、本人含めた12人の作家が不穏なBL小説を書いてます。
全参加者の作品は、投稿終了次第まとめ記事にしてnoteトップに固定し、Xでも拡散!
ポストを発見したらリポストお願いします!
さて。
不穏な話と聞くと人物の背景に恨みつらみ、暴力虐待などの不憫な人の話を思い浮かべる人もいらっしゃるかと思いますが。
この企画では「治安のいい不穏」小説を全員、全力で自律神経ぶっ飛ばして書いてます。
ジャンルは、ほのぼの日常です。
あらすじ
和室で本を読みながら昼寝をする巴の至福の時間に、隣であられもない想像をする有時。
食いしん坊な有時に食いたいものを腹一杯食わせ、離れていかないように画策し続ける巴。
一見は睦まじい二人の、互いを想いすぎる独占欲が捩れた食欲に向かう脳内の話。
※男性同士の恋愛話です。
※一部、人が人を食べる描写があります。
※でも何も起きてません。
『幸せな胸骨』
正座した足の裏を巴がつっと指で撫でた。
畳の上に体重で圧迫された足首より先にもう感覚はなく、雰囲気だけで笑う。
この人は、おかしい人だと思う。
洗濯物を取り入れようとベランダに近い和室に移動した時は、リビングのソファに腰を沈めたまま黒目すら動かさなかったのに、洗濯かごを持って戻る頃には「昨日からいた」くらいの顔で和室の中心に、のしっとあぐらしている。
気にせず畳に洗濯物を広げて正座すると、お気に入りの珈琲カップを音を立てて置いて「俺がいる」アピール。
そもそもこの和室だって、ただ俺が畳に正座して洗濯物を畳む姿が見たいという浮ついた理由だけで、マンションの一室に拵えてしまった。
金に糸目のない裕福さは結構なことだが、初めから和室のある物件を選んだ方が無駄がなかったのにと言うと「愛は合理性ではない、愛する人のために拵える事がロマン」としたりと返す。
「あれの続きやけど、」
いついかなる時も自分の言動は全て記憶されていると信じている。
「珈琲やアルコールは一種の薬物のようやて本に書いててな、俺も実際そうやと思うんよ。
例えば野球中継を観たら、俺らアスリートは選手と同じように心拍を高めるやろ?そうゆう連鎖する興奮剤みたいな効果があんねん」
まだ暖かいタオルの端と端を合わせながら、適当に話も合わせる。
「ふうん。俺はオフだからってカフェインたっぷりの珈琲に、ブランデーなんて落として飲むからそうなってるだけに思うけど」
「…と、ところで有時、俺から離れる時はキスしてからって言うてるやん」
都合が悪くなった時の為に俺のミスをストックしている。
笑っちゃうくらい好きに隙がない。
「今からでも間に合う?」
「10秒ルールや」
すでに10分は経過してますけどね?とは言わず、いつになくご機嫌な唇に口付けてやると、満足げに珈琲を飲んだ。
隣にはミネラルウォーター、キスする前に珈琲でねばつく口の中を中和させたのか、半分になっている。
シーズン中の2週間の休暇に入って3日目。
試合の再開は再来週だから、来週までは練習もないしゆっくり過ごせると、今日は深煎りの珈琲にブランデーをひと匙まぜて楽しんでいる。
なんでも、本と和室、和室と珈琲、珈琲とブランデーは相性がいいらしい。
とは言え俺は本は読まないし、ブランデーよりワインが好きだし、珈琲は一人の時ならインスタントでもかまわないから、それらの相性なんて分かる由もない。
だけどそんな俺でも、和室と正座と洗濯物の相性が抜群なのはよく分かる。
「一口のむ?」
「ブランデー?」
ついに本を持ったまま隣に寝そべって、戯れるように足の裏を撫でるから「汚いよ」と嗜めるように髪を撫でたら「有時は綺麗」と褒めてくれる。
神経質で他人の汗に触れただけで蕁麻疹が出るのに、なぜか俺の体はどこもかしこもいいらしい。
「ブランデーは心臓にいい」
「肝臓に悪い。俺は酔うと足にもくるし」
網戸にしたままのカーテンがスカートの裾みたいにふわりとひらめいて、ちょうど巴の目の上に日光を通す。
眩しがり屋の巴は目をギュッと閉じて、頬に押し上げられた目尻や眉間がシワシワになる。
飼い主に無理やりかまわれて迷惑を隠さない猫みたいな顔。
この人は思慮深いのにたまに軽率で馬鹿だ。
エレベーターのボタンを連打すると早く来るとまだ信じてるし、まぶたは軽く閉じてもギュッとしても同じ具合にしかならないのに気付けない。
「眩しい」
俺の膝に顔を擦り付けてくる。
正座だと高すぎるだろうと、巴の体と反対に足を崩して横座りにすると、腰に腕を回して膝に乗り上げて小さな頭を乗せた。
嫌な体勢だなぁ、と思う。
ちょうど股間に好きな人の顔がある、このデニムいつ洗ったっけ?と心配が過ぎる。
巴は神経質だから匂いが気になるとすぐに言う、それはいい洗濯の合図だけど少しだけ傷つく。
「顔の上で畳むよ」
「パンツは嫌や」
「あら。ちょうどパンツの順番です」
喉を鳴らすように「ん〜…」と舌の奥をビリビリ震わせて唸りながら、俺のTシャツの裾をめくって顔を突っ込む。
鼻先をおへそに擦り付けられ思わずひやっとお腹をへこませた。
嫁入り前の生娘じゃあるまいし、自分の幼い見栄が擽ったい。
「なぁ、なんでシャツ着ぃひんの?」
「え?」
「インナー着ろや」
「うん。出かける時は着るよ?そんな事よりパンツ置くよ?」
「いややぁ」
あんもう、あなたもいくつよ?と笑いながら襟元から顎を引いて中を覗くと、かくれんぼで見つかった子供みたいにバツが悪そうに眉根を下げた巴がはにかむ。
ぶりっこしてへこませた腹のへその前で瞼を落とし、薄い皮膚の腹筋に擦り寄った。
唇が触れた部分に息がかかると、濡れた皮膚の温度がひやっと下がる。
「なぁ」
「はいはい、なぁに」
「洗濯もん片したらまたこっちな?」
「はいはい、じゃあどいてください巴さん」
「いいですよ有時さん。でも離れる時はキスして」
離れる離れると文句を言うけど、クロゼットはリビングを抜けた隣の部屋ですよ、などと小言は言わないで好きにさせる。
俺がこの人を好きにしたいから好きにさせるのだ。
キスを待ちつつ目を閉じて想像する。
Tシャツから出てきた巴の薄い唇が少し突き出され、めくれた下唇の裏側の粘膜部分の毛細血管が見える。
ここが触れるとプルプルで気持ちいい。
少し遅れてねっとりと唇の内側を吸い付ける、ちょっとひんやりすぐに生暖かい。
巴の粘膜は心地よい。
ちょうど俺に馴染む人肌で、外気に触れると濡れているからすぐひんやりするのに、程なくじわっと血液の温度を感じれる。
これがこの人の深部の体温。
顔の角度を変えながら、一昨夜を思い出す。
外に露出している粘膜の中で一番体温の高い巴の局部が、俺の深部に幕一枚隔てて押し込まれていく。
柔らかかったものが早急に硬くなって、自分の充血した粘膜を押す、粘膜同士のこね合いはキスよりも心地いい。
「あ」
「ん?」
「なんでもない」
今日はブランデーのせいでちょっと体温が高いと伝えるのは、陽も高いうちからはしたない気がして黙った。
巴は気にせずまた畳に寝そべって、うつ伏せに体制を変えながら引き寄せた座布団を半分に折って胸の下に挟み込む。
最近お気に入りの本を開いたけど伏せ目の瞼がもう重く、畳に肘をついて顎を乗せた。
さっきキスした唇がむにっと歪んでまだちょっと濡れている。
「洗濯おおきにな、晩飯俺するさかい」
「うん」
「なん食いたい?」
大きく息を吸った巴の胸が膨らんだのだろう、肩から背中が盛り上がり、ゆっくり吐きながら落ちる。
うつ伏せの深呼吸は苦しいだろうし、さっき飲んだ珈琲がまだ胃にあるだろうに、圧迫して大丈夫かと思う反面、今まさに巴を手の平サイズにして耳元で振ったら胃がチャプチャプ鳴るのかな?なんてバカな想像をしていると、巴がピクッと痙攣で体をこわばらせた。
俺を見上げて同じリズムでもう一回、びくりっ。
「どうしたの?」
「しゃっく…ッり!大人になって初めてかもしッ…んく、!」
「ふふ!ブランデーのせいかな?」
「かなあ?」
均等なようで不規則な痙攣に抵抗しようと、巴は薄い唇をきゅっと内側に噛んで細い鼻を摘み息を止めた。
そしてなぜかついでに目まで閉じる。
鼻をつまむ理由までは理解できるが、なぜ目まで?と笑いながら「砂糖水いる?」と聞いたら、ブハッと吹き出してしまい、追い討ちみたいにしゃっくりが出た。
「なんで砂糖いれんねんな?……?あ、止まったわ」
「おめでとう。この手の対処って地方によって異なるもんね?」
「そやな。ほんで、なん食いたいん?」
大人のしゃっくりって長続きしないんだね?なんて適当に言いながら洗濯物を抱える。
だけど頭の中は痙攣する巴の充血した横隔膜でいっぱいになっていた。
「ハラミ食べたい」
「ハラミ?あぁ〜ほなあこまで行く?あの〜、」
ハラミが唐突すぎたのか、咄嗟に肉屋の名前が出ない巴が「あぁ〜」と開けた口の、歯の奥に隠れた小さな赤い舌先。
「タンも食べたい」
「おう、焼肉な」
「うん」ぐう、と返事と同時に腹がなる。
センター分けの前髪越しに俺を見る目が冷ややかだ。
でも口角だけにゅっと上がって、代わりに眉根がぐんと下がって、眉間が広くなって、絶対に笑いを噛み殺している。
余所行き顔の時は猫科の獣みたいにぎゅっと寄って威勢がいい眉間が、俺の空腹の音にデレデレ。
きっと巴の脳内はたらふく良い肉を食わせた後に俺を好きにすることでいっぱいだ。
「晩になったら腹一杯食わしたるやん、有時さん」
「期待してます、巴さん」
畳でデニムの裾を擦りながら和室を出て、リビングの隅に隠れて喉元を撫で下ろした。
悪い癖だなぁ、恋人の体のパーツに性欲より先に食欲が湧くなんて。
「節操なしでなく、好き嫌いなしってことにしよう」
クロゼットに洗濯物を片したついでお風呂の準備をしつつ、少し小腹を満たしておこうと、頂き物の冷蔵庫のスイカを思い出してキッチンに直行する。
よく冷えた小玉スイカを半分にし、皮から赤い果肉を削いで一口代に切ってタッパーに詰めて冷蔵庫にしまうと、残りはそのまま皿に乗せてスプーンと一緒に和室に持って戻った。
「巴、スイカ…」
仰向けに体制を変えた巴は、さっき胸の下に挟んでいた座布団を枕にして顔の上に本をかぶせて眠ってしまっていた。
俺の声に寝息が乱れ、整えようと大きく吸い直す、本が邪魔で息がしにくかろうが巴は一度寝るとなかなか起きない。
みぞおちの上で組まれた指を見ながら、さっきのように隣に横座りになるとスイカを畳の上に置いて観察する。
ゆっくり息を吸う巴の胸が膨らむ。
大胸筋で引っ張られたシャツのボタン糸がみちみち音を立て、すんとしぼむ。
「1人で食べちゃうよ」
独り言に相槌するようにカーテンがひるがえって、スイカの表面の粒々を反射した。
人の体の水分が筋肉に蓄えられるように、スイカの果肉も水分がたっぷり含まれている事を連想する。
床に手をつきスプーンで果肉をすくう。
しゃりっとした感覚が指に伝わり、甘そうな水分と一緒に種がツー…っと皿に溢れた。
大きめの一口を頬張る、まだ少し早いけど十分に甘いと頷きながら手の甲で口元を拭う。
歯茎だけでも剃り潰れて溢れた水分を飲み下しながら、隣で巴が大きく息を吸うのを見る、吐く息に合わせてスイカにスプーンを入れる。
巴の肋骨が息を大きく吸うために開いているのを想像しながら、すくい上げる。
「巴は、おバカで軽率で無防備で本当に可愛いね。一緒にすくって食べちゃいたい」
俺の声にまた息が止まる、眠りは深いようで浅い。
「ねぇ、巴の心はどこにあるの?」
もう一口運んだついでにスプーンを咥えて、巴の肌触りのいいかりゆしのボタンを二つ外して、組まれた指の手前までシャツをはだけて胸をあらわにする。
俺の口内の粘膜で温まったスプーンを口から抜いて、胸鎖乳突筋とくっついている鎖骨と大胸筋と、スルスルと肌の上を滑らせた。
鎖骨の真ん中の窪みからゆっくりスプーンを滑らせると、胸骨柄、胸骨体、そして一番下の剣状突起、組まれた巴の指の骨。
でもやっぱり、スプーンでコツコツと胸骨をノックする。
そのまま横に大胸筋を削ぐようにスプーンをスライドさせると、ピクッと動いて半袖の腕に鳥肌が立った。
「…心臓にあるんだね」
スプーンでマグロの中おちをそぎ取るように肋骨と肋骨の間を滑らせつつ、想像する。
今俺は巴の中おちを削いで、巴の血液で温まったスプーンを口に運んだ。
巴の心臓に近い肉、食べた。
「俺が大好きで、俺の大好きな巴の心臓に近い肉食べたい」
スプーンを口から抜き取り、今度は強めに胸をガリガリガリ…、肉を削いでぱくり。
「巴の心が食べたい」
強く擦りすぎて内出血で肌が赤くなった、なぜか気分が良くなって軽く持ち直したスプーンを揺らして肋骨をコツコツっと叩く。
肉を削ぎ切ったら剥き出しの骨をマリンバみたいに叩き、一息ついて最後に胸骨をはずすんだ。
そして大好きな巴の心臓に問いたい。
俺のことを一日のうちのどれだけ思っているのかを、心臓と顔を合わせて直接聞いてみたいの。
でもそれは叶わないから、俺は仕方なくスイカをすくう。
巴はこんなにシャリっとしない。
体をずらして巴の内出血した胸に耳を当てる、横座りの足が少し伸びて裸足の親指の爪が畳をガリリと掻いた。
下半身に血が巡る、はぁはぁしながら口にスイカを含み、顎の裏で果肉を潰して口内に赤い水分を充満させながら心臓の音を聞く。
スプーンでこそいだ巴の中おちの肉を食べながら、胸骨の下に守られた大切な心臓に問いかける。
「好き?ねぇ、俺のこと、夢の中でも愛してるの?ねぇ?」
胸骨が押し上げられ、ふっふ、と息を細かく吐く。
俺にのしかかって果てたばかりの、巴の幸せな胸骨の震えみたい。
「俺ね、巴の胸骨になりたい。
そしたらずっと側に寄り添って守ってあげられる、心臓を俺が一生ね?
安心してずっと俺を好きでいられるよ、俺が守ってあげるんだからね」
素直な俺の心臓が下半身に血液をポンプする。
腰にまたがってTシャツを脱ぐ、はだけた巴の胸に自分の胸を押し付ける、手と一緒に腰を動かすとぶつかった胸骨が擦れていく。
スイカは畳の上でそろそろ俺たちの体温くらい温まって、ひるがえるカーテンをポツンと見ている。
はぁはぁ、はぁはぁ、あぁ……巴の眠りは今きっと浅い。
でも。
気付かれてもいいわ、俺、今とても幸せだから。
お尻を高く上げてぶるっと震えて、下着を汚してしまった。
都合のいい夢に浮かれた、でも都合が良すぎてすぐに忘れた。
何事も悪いことの方が記憶に残りやすい。それが身を守るための原始の人間の防衛本能だ。
遮光カーテンが仕事をしないせいで、顔の上に置いたままだった本を取ると、青い畳に視点を合わせる。
まだ少し洗剤の残り香がする、ぼんやりと有時の細いアキレス腱が見える、この俺を置いて部屋を出て行こうとしている。
「有時…離れる時は、」
急な俺の声に驚いてピタッと足を合わせて止まる、有時の肌は石鹸の匂いがしそうなほど白くて綺麗だ。
「キス、したよ?本の上から」
「は?」
「ブックカバー汚しちゃった、ごめんなさい。リップクリーム塗ってたから」
おいおい。
本を閉じ確認すると、紺色で本屋の店名が入った茶色のブックカバーに、うっすらと唇のあとがある。
リップの油分を紙が吸ったんだろう、唇を窄めたシワの部分が妙にリアルで普段のキスより人を誑し込む気がしてそわそわする、どうかしてる。
風が冷えたのかサッシは閉じられていて、夕暮れのオレンジが眩しく、その中で白い有時の足が揃って俺に振り向いたことに満足する。
中指が長い有時の、一見ひし形に見える足の形が好きだ、ブックカバーの唇の跡よりセクシーだ。
と言うか。
「自分今日、デニムやなかったっけ?」
俺の問いかけに有時はゴクっと喉を鳴らし、喉と鎖骨の間あたりをするっと撫でた、バツが悪い時の癖だ。
「うん、おやつにスイカ食べたら汚しちゃって。着替えたの」
「…下だけ?」
「うん。それで、ごめんなさい。巴の上にもこぼれて慌ててシャツはだけて舐めちゃった」
確かにシャツの胸がはだけている。
続け様の卑猥な言い訳にスケベ心が疼いて鼻の下が伸びる。
なかなか大胆というか、気がついておきたかったトラブルというか、いやいやここはジェントルに、と咳払い。
「かまへんよ、腹へってたもんな」
触って分かるものでもないが、確認がてらはだけたシャツの隙間に手を入れて掻く、左胸の辺りがピリピリと痛痒い。
汗ばんでるし、早い汗疹か?
起き上がりながら後頭部の髪を撫で付け、胡座をかく。
「てか、ごめん晩飯俺やったな」
開きっぱなしの引き戸から有時がリビングの掛け時計に視線を送って「もう6時半」とお腹を撫でて笑う。
「何食う言うてたっけ?晩飯リクエストしてくれてたよな?」
今から買い出して用意すると遅くなる。
最悪近所の外食で済ませようかと膝を立て、はだけたシャツのボタンを止めようとすると、有時が前にしゃがんで膝をつき、ボタンを留め始めた。
顔が近いとキスしたい、なのに有時は喋り始める、聞いたのは俺のくせに歯がゆい。
「…あのね、マグロの、中おち」
「ん、マグロな。せやったら外で食うてこよか?今の時期は養殖やけど」
「うん」
「てか、中おちて!美味いけど変なとこ指定するな?」
「んふふ、中おちの気分なの。行こ?お腹すいちゃった」
「自分、スイカ食うたんやろ」
あんなの殆ど水分だもんと唇を尖らせ、俺の襟を整えて先に立った有時が手を伸ばす、掴まった瞬間に引き起こされる。
手はしっとりしていて、手の平のしわの部分にまだ水分が残っている。
珈琲カップも無いし洗い物をしてくれたのだろう。
「店に電話してみるわ、今からでマグロいけるか聞いてみる」
行きつけの割烹にコールしながら、なんか焼き肉の口やったのになぁ?と首を傾げて左胸を掻く。
やっぱり痛痒くてシャツの中を覗くと、内出血をおこしていた。
やはり掻き毟ったのか?こんな綺麗に肋骨の隙間を削いだように掻くものなのか?
電話口の店主とやりとりしながら繁々と観察する。
「…あ、そうです、マグロの中おち食いたいな…って」
そう、それこそこれ、スプーンでこそいだみたいな傷跡、マグロの中おちも肋骨の間をスプーンで掻き出すし。
ベランダの施錠を確認して仕事用のカバンから財布を出してポケットに押し込む、廊下で有時とすれ違って玄関で通話を終えた。
「有時いけるって、ちゃっちゃ行こか」
声をあげると、リビングから有時が顔を出す。
「車は?俺運転しようか?」
眼鏡ケースを見せた、何でもない気遣いに胸がギュッとすると、また内出血が主張するように痒い。
「えぇよ、15分くらいやし歩こう」
カウンターの隅に並んで座り「本日のお品書き」に目を通す、鰹もいいなぁ、タタキでなく刺身で食えるのは迷う、と方杖をつく。
有時はカウンターの裏で店主がマグロを切り分けているのを半口開けて見ている。
刃の長い包丁を器用に扱い、身が切り出されるとごくっと唾を飲む。
食物連鎖の頂点みたいな食欲の有時は、鉄分豊富な赤い肉が好きだ。
だけど、食べさせすぎると行為中に吐いてしまうから程々に、と考えながらお手拭きを畳むと、店主が「白瀬さん、焼酎のいいのが入ってるよ?」と額の皺を深めて目線だけ上げた。
「あ〜今夜はいいですわ、烏龍茶で」
「はいよ。お連れさんもいいですか?」
有時は、赤黒くぬるつく包丁を白い布巾で拭う店主の呼びかけに応じず、手元を見たまま上の空。
仕方なく腿の少し内側をポンと叩くと「はい!」と我に帰って俺を見た。
「酒飲むかって聞いてくれてる」
「巴は?」
「俺は遠慮した。…酔うて役立たずなったらあかんやろ」
この後、と口パクで伝えると有時は慌てて足を閉じた、同意みたいに柔らかい内腿に手が挟まれる。
「僕も同じでいいです」
「じゃ、先にウーロン2ね。熱心に見てたね、そうだ今夜は珍しいのあるよ、マグロの目玉」
業務用冷蔵庫から出てきたのは、皿に乗ってラップをかけられた包丁でくり抜かれたマグロの片目、水晶部分が濁った眼球だけで俺の握り拳くらいある。
カウンターの対角線上の訳ありそうな男女の2人連れの、悪魔みたいな爪の女が仰け反って悲鳴をあげた。
逆に有時は視線の合わない目玉に前のめり、口まで開いている。
「どうやって食べるんですか?」
そっちか。
「煮付けで3人前だね!先に予約してくれたら出しますよ」
「美味しそう」
「おうおう、あんたいける口だね!じゃあ、これはよ!」
調子に乗った店主は、切り出した身を隣のまな板に置き、血がついたままの手で反対の冷蔵庫を開けた。
厳重にラップをかけたシルバーのバットが無造作に置かれ、黒い肉片がごろりと乗っている。
血に塗れて時間が経って黒くなった人の頭に見えて絶句する。
「これ、どこの部位か分かるかい?」
ラップが外され強烈な生臭さに俺はお手拭きで口元を覆ったが、有時は薄く開いたままの唇を震わせて、ゆっくり瞬きしながら手を伸ばす。
衛生面を気にして慌てて手を掴むと、「ごめんなさい」と丸まった指先がいつもより紅潮していて、汗で指紋が光っていた。
「心臓ですね」
「そ!マグロのホシ!白瀬さんのあたりではハートだね」
「ハート。このマグロから取り出したんですか?」
「そうだよ!」
「見てみたかったです、取り出すところ」
「これも煮付けで5人前!コリコリで美味いんだよ!でも白瀬さん達スポーツ選手だし、2人で食っちまいそうだね!」
「2人で…心臓、食べたい」
顔を背けた女性客に配慮して「すいませんね」と店主は愛想笑いしてバットを仕舞った。
俺は刺身の多少の生臭さは平気だが、血そのものの生臭さは苦手だ。
煮付けや塩焼きの魚の血合いもいつも有時が食べている。
猫もまたいで逃げるほどの箸捌きで、魚の粗煮も器用にはしで身をほぐしながら茶碗片手に黙々と食う、俺はその様を見ている方が好きだ。
この後、綺麗にこそぎ取ったマグロの中おちを食べ、店主特製の鯵の南蛮のレシピを聞いたり特段変わった様子はなかったが、マグロの話題になると膝に手を置き、声も出さずに頷きながら解体の話を熱心に聞いていた。
「ほんで、なんなん?マグロの解体でもすんのん?」
帰宅後の玄関、キートレーに鍵を投げて有時を振り向くと、座ってサンダルのベルトを外しながら「まさか」と鼻で笑った。
こうゆう時、笑った方がなぜか信ぴょう性が増す。
俯いた首の骨が白い皮をぽこっと押し上げるのを見ながら、店主が競り場でマグロの鮮度を見る方法を話していたのを思い出す。
『尾っぽの付け根の少し上をね、骨ごとバツっと切るんです。そんで中の肉で鮮度を見るんだよ。尾っぽとセットで床にゴロゴロ並んでる感じだね。あっしらは、それを端から目利きすんですわ』
『尾っぽをですか?人ならズドンと足首を切るようなものですね?』
『そうだねぇ!白瀬さんもお連れさんもいい肉詰まってそうだねぇ!』
『それはもう、巴は日本一上質ですよ!なんて、ふふ』
足首を切るとは随分大胆な表現、人に例えたらそうだろうが、骨を一刀両断はかなり不快な表現でもある。
「巴、珈琲淹れようか?」
「ありがとう、頼む…」
でも。
先に洗面台に向かう有時の足首に浮かぶアキレスが、スリッパを履いて俺を置いて先に洗面台に入る、俺はこの瞬間が嫌いだ。
前を歩かれるだけで不安になる、いっそアキレス腱を切ってやりたいくらいに。
『ズドンと足首を切る』
「有時!」
「はい?」
「和室にお願い」
「…?分かった」
有時が先にキスをして洗面台を離れる、俺は無心でブラシを使って爪の間までガシガシ洗う。
いやや、いやや、でも。あかん、イライラする。
これは独占欲やない、もっとどす黒くて、恋とか愛の後に来るものだ。
リビングを早歩きで通り過ぎて電気もつけずに畳に倒れ込む。
ザリ、と音がして頬の皮が擦れたけど気にせず座布団を手繰り寄せる。
「俺も少しブランデーいれようかな」
脇にブランデーの瓶を挟んでカップを二つ持った有時が、スリッパから裸足の足を抜いて畳を踏んだ。
リビングから差し込む灯りで白目を光らせ足の甲を見る、太い血管が青く盛り上がり、踵が畳に着くたびに骨が甲の皮を丁寧に拵えた扇みたいに押し上げる。
右足、左足、アキレス。
アキレス、くるぶし、うちくるぶし、親指、人差し指、中指、薬指、小指、我慢、できずに、手を伸ばす「あん、だめ!」と足を踏み鳴らして避けられた。
「危ないよ、どうしたの?」
俺の隣に腰を下ろしてカップを置いた有時の全身を、視線で三往復する。
完璧な愛しさに絶望する。
やっぱりこの美しい足は、有時についていないといけない。
足を舐めたい、骨を口の中で転がして少しずつ溶かして飲みたい。
不意打ちで有時のTシャツを捲り上げ、きちんと言いつけ通りに着込んだ黒いインナーを、皮を剥ぐように捲り上げたら、衣擦れみたいな掠れた声がした。
「珈琲は…」
応答なしで押し倒し、畳を転げたブランデーを掴んで有時の腹にボトボト垂らす、体温でじわっと湯気みたいに香りがたった。
「ちょっと…」
「肌から直接の方が酔いのまわりが早い」
「熱い」
「有時は少し酔ったほうが色っぽい」
俺もベロっと一口舐めた。
ブランデーと珈琲の匂いが空気中で混ざる、へそに溜まった茶色いアルコールを指につけ、有時の口に突っ込み舐めさせる。
酒は気狂い水とも言うと講釈を垂れながら、アルコールに足を取られて立てなくなった、想像上の有時の引き攣るアキレス腱をガブリと噛んで、会話を切り替えた。
「アキレス、食うたことある?」
「アキレス腱?」
「おん、牛のな。圧力鍋で煮込むんや、とろとろになるまで」
はぁ、と恍惚の熱いため息、欲情し始めた有時の心臓がうるさい。
俺のシャツの前をはだけて、指でまっすぐ胸骨をなぞる、美味しく食べれるって幸せだね?なんて赤身みたいな唇で問いかけながら。
「アキレス腱も、食べたい」
「ほなまずは、マグロの心臓食べに行こか」
※巴のセリフは、寺田寅彦「珈琲哲学序説」から一部引用してます。
この話は、なみさんと巴さんと有時さんの脳内妄想だけの話です。
今回はお題を提供してくれたかし子嬢が好きと言ってくれた巴パイセンの話と、カニバリズムで書きました。
せっかく好きと言ってくれたし、追加情報を少し。
作中の鮮魚割烹「かもめ」の大将、東風谷 平祐さんは元サーファーで漁師と言う異色な経歴の持ち主。
江戸っ子感を出していますが、息子の名前はカノア(ハワイによくある名前で自由を意味する)というミーハーさが売りの68歳。
最近の悩みは、かぁちゃんが可愛がっているトイプードルのティアラ(2歳)に自動餌やり機だと思われているかもしれないこと。
がんばれ大将!
先月の投稿小説「ケーキの上の苺」も同じカップリングで書いたのですが、『巴の視点でも読んでみたい』とコメントをいただきました。
いつもなら猛ダッシュで書くのですが、毎年この時期は不整脈でふせっておりまして書く体力がなく、今回の作品で有時と巴の二人分の視点で書かせてもらいました。
二人の本音と建前の違いをお楽しみいただけたら幸いです、いつも小説を楽しんでくださってありがとうございます。
にゃんこ系攻め×ダメ男製造機受けの話でした。
今回はお題の提供者であるかし子嬢が設定を細かく提示してくれたので、もしかしたら今までで一番楽だった気がする。
体調が悪い時だったので助かりました、ありがとう!
一言に「不穏な小説」と言っても千差万別、そんなかし子嬢の好きな不穏の細かすぎる詳細はちょっと長いので省きましたが、気になる方はこちらをクリック
#noteでBL 企画は、作家さんの書きたい!や、苦手を克服したい!にも今後できる限り応えていきたいと思います。
作家さんも読者の方もリクエストをしてください。
どんな言葉より、それが一番の助けです。
もちろん、読者の方の我儘にも応えたいのでご意見・ご感想・リクエスト(細い設定やカップリング指定も可)募集してます。
私がやっと小説と呼べるようなものが書けるようになってきたのも、長年寄り添って丁寧な感想や意見をくださる方々のおかげです。
自分がしてもらえて嬉しいことをしようと思って、レビューやまとめ記事を作って拡大したこの企画は、参加してくださっている作家さんも有難いですが、読んで参加してくれる方の存在の方が大きく感じる瞬間がたくさんあります。
本当に有り難いです。
企画以外の質問や感想もなんでもお気軽に匿名の質問箱へどうぞ!
noteユーザー以外の人もご利用できます!
