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テーマ別美味しんぼ/田畑絹江の人物像分析②【第61話:非常食】

テーマ別美味しんぼ/田畑絹江の人物像分析②【第61話:非常食】
全体の感想・動画は、



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【1】田畑:山岡さんが行かないと・・・

山岡が「スキーの誘い」を断る。
しかし、断っても断っても田端と花村は、しつこい。

田畑:山岡さんが行かないと、私たち(田端・花村)が行きずらい (責任転嫁)
花村:山岡さん、スキーできないんでしょう?(挑発)

ここでは、田畑のセリフを分析する。

田端の発言には、3つの問題がある。

① 責任転嫁

「山岡さんが行かないと、私たちが行きづらい」

本来、自分の判断で決めるべきことを、「山岡が行かないから」という
他者のせいにしている。
これは、自立していない心理。
グループの空気に流される人がよく使う言い訳で、
実際には「自分が決める勇気がない」だけ。

② 境界の無視(ASD的に見ると重要)

ASDの人は、自分と他人の境界を大切にする傾向がある。
だからこそ、「断る」「参加しない」という線引きを明確にする。
ところが周囲はその線を踏み越えてくる。
ASDの視点から見れば、田端の発言は、境界侵害そのもの。

そして山岡は、その境界を守る。
彼は「行かない」と明確に伝えた。


③ 「私たちが行きづらい」のはなぜか?

真山の極端な偏食を治した功労者は、山岡。
田畑には、
・私は、何も貢献していない
という負い目がある。
しかも、真山は山岡をスキーに誘った。
悪く言えば、田畑は「ついでに誘われた存在」。
「山岡さんが行かないと、私たちが行きづらい」
のであれば、田畑も行かなけれ良い。

ところが、それではスキーの楽しみがなくなってしまうから、
山岡を無理にでも誘った。

それなのに・・・・・


【2】誘う人は、《出来ない人を嘲笑するために誘う》

【出来ない人を嘲笑するために誘う】
という構造は、スポーツやレクリエーションの場でしばしば隠れて起きている心理的支配。

① 「誘い」の裏にある支配欲

一見「親切そうな誘い」でも、その動機が本当に「一緒に楽しみたい」ではなく、
「相手の下手さを見たい」「優越感を得たい」という場合がある。

特に、

・相手が断れない立場(後輩・部下・少数派)
・自分が得意な分野(スポーツ・アウトドア)

だと、この傾向は強くなる。

つまり「誘う」行為が、主導権を握る手段になっている。

② 「できる/できない」を使った序列づけ

スポーツは「目に見える結果」が出やすい世界。
だからこそ、自分の優位を誇示したい人にとって、
「下手な人を参加させる」ことが最高の舞台になる。

例:

「あー、そこ違う違う(笑)」
「こういうのもできないの?」
「初心者だから仕方ないよね(上から目線)」

これらは、指導ではなく嘲笑。
本人は「冗談」や「ノリ」と言いながら、相手の尊厳を少しずつ削っていく。

「参加を強要して、できない姿を見て笑う」
という【他者支配の快楽】。

【3】田畑:あんよは、お上手

① 短いが、田畑の全人格が凝縮された一言

「あんよ」:幼児語で、相手を下に見る語彙
「お上手」:皮肉・嘲笑・マウントの三重構造

つまり、表面上は“冗談っぽく”聞こえるが、内実は「相手を下げる快感」。
そして、自分の劣等感を覆い隠すための攻撃でもある。


② マウント+嘲笑

【山岡さんが行かないと、私たちも行きづらい】
と、責任転嫁(他責思考)しただけでなく、ゲレンデで転んで動けない山岡に、
【あんよは、お上手】
→ マウント+嘲笑

田畑は、他人を巻き込まないと行動できず、しかも失敗した相手を見下して安心する。
つまり、依存と攻撃の共存型

【1】で「それなのに」と書いた。
山岡を無理に誘って、山岡が参加してくれたからこそ、
田畑は、気後れせずにスキーに行けた。
それなのに、山岡への感謝もなく、
「あんよは、お上手」
と、マウント+嘲笑。

山岡が「性悪女!」と罵ったのは、的を得ている。

まさしく「恩を仇で返す」

② 社会的テーマとしての読み取り

田畑のような人は、職場・学校・地域など、どこにでも存在する。

・自分の不安を他人に転嫁する
・権威や集団の空気に寄りかかる
・安全圏から他人をからかう

このタイプは、自分の軸を持たない人


【4】そうは言っても、田畑は必要なキャラ

世の中には、田畑ような人間が多い。
田畑のような
・他責思考
・責任転嫁
・性悪女
・他者支配の快楽
というキャラを登場させることも、娯楽漫画としては必要なのだろう。


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