母とのオーストラリア旅行
岡本町での独り暮らしでは、オーストラリア旅行も思い出に残っています。
1989年8月、母と二人で、オーストラリアのパースに旅行しました。
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フランス料理を食べながら
母と二人で、宇都宮駅近くのホテルで、フランス料理のフルコースを食べたのは、1988年12月でした。

フランス料理を食べながら、僕の「オーストラリア旅行計画」を笑顔で聴いてくれた母。
どういう偶然か、半年前に母は英会話教室に通い始めていました。

オーストラリアの西の大都市パース
目指すは、オーストラリアの西の大都市パース。
成田空港からカンタス航空の飛行機に乗って、11時間でした。
飛行機はカンタス航空でしたが、乗務員は、カンタス航空と日本航空の
合同チームでした。
エコノミークラスの狭い座席。
母が!
機内食を食べ終わって消灯してしばらくすると、
母は、持病の狭心症の発作を起こしました。

常備していた薬も効果が無いようです。
僕は、客席最後尾で休憩していた日本航空のキャビンアテンダントさんに
「医師は乗っていますか?」
と尋ねました。
そのキャビンアテンダントさん、乗客の中に医師がいないことを既に把握していた様子でした。
「いいえ、搭乗していません。どうなさいましたか?」

「実は、母が持病の狭心症の発作を起こしました。
常備薬が効かないようなのです」
座席に戻ると、母は手を握っては開き、開いては握ってを繰り返していました。
医師から、症状が軽減すると教わっていたのでしょうか?
母は苦しそうな表情でこう言いました。
「ゴメンネ・・・」
折角の旅行をぶち壊しにしたこと、お互いに初めての海外旅行をぶち壊しにしたことを詫びていたのでしょう。
しばらくすると機長らしき外国人が現れました。
手には酸素ボンベと酸素マスク。
英語の説明は、イマイチ聴き取れませんでしたが、酸素マスクを装着した母は、次第に落ち着いてきました。

僕は、狭心症についてあまり知識が無かったせいで、
・・・日本にUターンして、母の葬式になるのだろうか?
と漠然と考えていました。
でも、翌日の朝7時に自分の足で元気に飛行機を降りた母でした。
この時、母は54歳でした。

ツアー参加者全員でパース市内観光
パース市内観光は眠かったです。
母の狭心症騒動があったせいで、機内での睡眠時間が少なかったのです。
それに、エコノミークラスの狭い座席では熟睡出来ませんでした。
一日目は、ツアー参加者全員でパース市内観光と海辺のフリーマントル町内観光。
フリーマントル町で僕が見つけたのは、「砂浜に建設されたマクドナルド」でした。
・・・よ~し、明日以降の自由行動では、このマクドナルドを訪ねよう。
窓辺でコーヒーを飲みながら、インド洋を眺める。
沖には、ロットネスト島。
僕はウキウキしていました。
その日は、ツアー参加者全員で夕食を食べて、それぞれの部屋に解散。
レンタカー
翌朝、僕は早速レンタカーを手配しました。
「Rent A Car, Please」
これが生まれて三度目に話したネイティブ相手の英語でした。
一度目は、機内サービスで。
キャビンアテンダントが
「Tea? or coffee?」
と言いながら、客席を順番に訪ね歩いています。
母にあらかじめ、注文を聞いておき、キャビンアテンダントが僕の座席に来た時に
「Tea for me. and coffee for her」
と言ったのが、生まれて初めてネイティブ相手に話した英語でした。
二度目は空港で、日本円をオーストラリア・ドルに両替した時でした。
さて、レンタカーが、ホテルに到着し、日本で取得した国際運転免許証を見せ、契約書にサインすると、僕と母で早速気ままなドライブに出発!
目指すは、フリーマントル町の「砂浜に佇むマクドナルド」!
途中、本屋に立ち寄って、地図を購入。
おかげでフリーマントル町の「砂浜に佇むマクドナルド」には、すんなり到着出来ました。
White coffee?
ここで、コーヒーを注文しましたが、
「White coffee? or Black coffee?」
と返されて、僕は考え込んでしまいました。
「What is the 『White coffee?』」
「Milk coffee」
あぁ、そういうことか。
母と二人、インド洋に浮かぶロットネスト島を眺めながら、
コーヒーでゆったりまったり。

母が英会話初挑戦
午後はパース市内に戻り、母が英会話初挑戦。
「I want to buy a dictionary」
と、英会話教室の先生から教わった言葉で見事英語辞書を購入。
その日の夜、ホテルで母と喧嘩。
帰国の飛行機が!
なんと、ストライキで欠航!
と、驚いていたら、
「国内便でシドニー → シドニーから日本」
というルートで帰国できました。
色々な思い出を残した母とのオーストラリア旅行。
翌年は
翌年は、僕一人でパース旅行をしました。
ホテルもリッチなホテルにして、一人旅を満喫しました。
一人でレンタカーを走らせて、「コフヌ・ワイルド・ライフ・パーク」という動物園に行きました。
ここで、コアラを抱いた写真を撮ってもらいました。
ちなみに父は
母が父を誘いましたが、父は行きませんでした。
理由は・・・
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