米軍基地に転職してからの1年間を振り返ってみた~そして退職することに~
この記事は一部有料とさせていただいております。
記事には、Amazonアソシエイトの広告を掲載しています。
35年間勤めた職場を53歳で普通退職し、約1年が経過しようとしています。
なんとか暮らしている感じですが、退職してからの1年間を振り返ってみようと思い記事を書いています。
自分でもこの1年よく頑張った!!
先の記事のとおり再就職先は「日本のアメリカ」と言われている米軍基地に決まりました。
私は神奈川県の県央地区に居住しているのですが、近隣の米軍基地だと「キャンプ座間」「相模補給廠」「厚木基地」「横田基地」「横須賀基地」といったところが通勤可能エリアになります。
私が採用された基地は「厚木基地」で職種は、航空機燃料補給車の運転手です。
同時期に「キャンプ座間」のジャニターという職種も応募したのですが、こちらは何も連絡が来なかったので「不採用」ということになります。

基地内の仕事については別の記事でも書けたらいいなと思っています。
4月~6月
米軍の仕事が16日からスタートだったため、4月前半は無職として過ごしました。
16日~新しい職場です。
米軍は試用期間が6ヵ月ということで、10月15日までが試用期間ということになります。
基地の中に入るためにはIDカードが必要ですが、当然まだそんなものは持ってないので勤務初日は所属部署の上司(班長)が基地のゲートまで迎えに来てくれました。
その後「エスコート」の手続きをして職場に向かいます。
基地の中は「アメリカ」で非日常的な空間でした。
所属部署の建物は正面ゲートから約2キロ離れた場所に位置し、燃料を取り扱う施設のため基地内の居住区からは遠く離れた場所にありました。
職員の安全のためには当然の配置ですね。(フェンス越しには日本の住宅がありますが、、)
燃料関係の部署は、日本人とアメリカ人が半々くらいで合計30名くらいがシフト勤務で働いていました。
厚木基地は、海上自衛隊とアメリカ海軍が共同で飛行場を使用しています。
私の部署は、アメリカ海軍で使用している航空機の燃料補給が主な仕事で、燃料施設の維持管理なども日常的に実施しています。
燃料タンクの点検やパイプラインのバルブの開閉作業など覚えることが多く、毎日メモをとり書いたメモを整理して徐々に仕事を覚えていきました。
最初の1週間が何しろ「ヘロヘロ」に疲れたことを思い出します。
シフト制の職場ですが4月、5月のシフトは「オール早番」というシフトになり、月~金まで06時00分~14時45分までの勤務となりました。
土、日が公休です
この期間は主に施設のことを学び、各種タンクや配管の役割、点検方法など周りの先輩職員方が親切に指導してくれました。
航空機に燃料を補給する業務は、しばらくの間先輩職員と一緒に実施し、一人で飛行場まで行くことができるようになったのは2か月くらい経過してからでした。
5月末までの「オール早」シフトが終わる頃には少しずつ職場の雰囲気にも慣れてきました。(まだまだ緊張勤務ですが)
施設の点検などで毎日7,000歩~10,000歩程度歩いていることに気づき、歩くだけでポイントが貯まるアプリをスマホに入れてみました。
塵も積もれば、、、という気持ちで
参考までに、私がインストールしたアプリは「Powl」(ポール)と「Bit Walk」(ビットウォーク)というアプリです。
あとから「Uvoice」(ユーボイス)というポイ活アプリも入れてみました。
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私には「Uvoice」が一番合っていると感じました。(よかったらクーポンコードの入力お願いします)
歩くことには関係のないアプリですが「頑張らないポイ活」で継続することにストレスを感じなかったからです。
他の二つのアプリは広告を見ないとポイントが貯まりにくく、長い広告を見ることにストレスを感じてしまいます。
6月からはシフトが変わり
月、火、水が「遅番」で14時15分~23時00分までの勤務
木曜が公休
金、土が「早番」の06時00分~14時45分までの勤務
日曜が公休
というシフト勤務になりました。
曜日や早番、遅番の組み合わせが10通りくらいあり、3ヵ月ごとに変わっていく勤務体制です。
基本サイクルは、早番2回→公休→遅番3回→公休という1週間です。
7月~9月
3ヵ月が経過する頃には、一応「独り立ち」できるようになり燃料補給車を一人で運転して飛行場まで行き、各種機体に燃料を補給することができるようになりました。
機体ごとに「給油口」の場所が異なるので、この機体はここ、あれはここ、、とメモをとりながら覚えていきましたが、たまにしかない機体は先輩職員に事前に給油口の場所を確認してから飛行場に向かいました。
F18という戦闘機の給油も経験できました。
間近で戦闘機を見るのは初めてのことで、気分は「トップガン」です!
夏場の飛行場は「照り返し」で暑く、毎日汗びっしょりだったことを思い出します。
雨が降れば合羽を着て行くので合羽の内側も汗でびっしょりです。
試用期間中は1ヵ月経過するごとに有給休暇が1日付与されます。私の部署は比較的自由に有給休暇を取得できる環境で、周りの先輩方も「有休とりな!」と言ってくれる人たちばかりでした。(ありがたい!)
50過ぎたオッサンでも新人なので、毎日早く出勤して雑用も積極的にやって、、、無事に試用期間が終わり正規職員になることができました。(わーい!)
半年が経過する頃には、環境や人間関係にもだいぶ慣れてきて、有給休暇を取得して釣りに行ったりする余裕も出てきました。
仕事の細かいことは、まだよくわからないことも多かったのですが、何となく「戦力になってきた」と自分でも思えるようになってきた時期です。
基地のフードコートで「Popeyes」(ポパイズ)のフライドチキンも数回食べることができました!
「バリバリ」した食感が美味しい!


10月~12月
試用期間も無事に終わり、仕事にもだいぶ慣れてきたのですが徐々に勤務のシフトがきつく感じてきたのもこの頃です。
慢性的な寝不足が続き、このままあと10年も頑張れるかな、、、、?と考えるようになってきていました。
また、この時期は仕事以外のことで動きがありました。
不動産関係です。
投資目的で所有していた一番大きなマンションタイプの物件を手放すことにしました。
理由としては将来的に発生する大規模修繕費用の捻出が困難だと判断したためです。
そして「こういう時」のために父から相続して所有し続けてきた北海道の宅地も同時に手放すことに決めました。
この土地は、父がバブルの頃に約600万円で購入し現在の市場価格では約80万円程度の宅地です。
二つの不動産は無事に年内で売却ができました。
マンションタイプの売却で売却益が発生する見込みだったため、相続した土地を同じ年に売却して「譲渡所得」の中で損益通算することが目的でした。
細かい計算や手数料などは省略しますが、父が600万円で購入して相続人の私が80万円で売却したわけですから520万円の赤字です。
この赤字部分をマンションタイプ売却益と損益通算(相殺)させて課税所得を下げることができました。(やったー、父ちゃんありがとう)
収入源が減ってしまいましたが、毎年発生する高額な修繕費にもストレスを感じていたので結果的には良かったかな、、と思っています。
借入残高も大幅に減らすことができたので、借金のストレスも少し軽減されました、、(といっても、まだ1億円以上の借入残高がある)
不動産関係のことは別の記事でも投稿してますので、気になる方は見てください。(現役公務員の方に向けて執筆してます)

12月~3月
冬が来ました、、私は冷え性なので寒いのが苦手です。
早番の出勤は、朝の5時台なので出勤と同時に「おしっこ」するのが日課になってきていました、、
仕事にも慣れ、職場の人たちとも良好な関係を築き1年が終わろうとしていました。(入社して9か月)
なんだかんだ楽しく過ごせたと感じています!
米軍基地であと10年働こう!と思って入社したのですが、、、
3月末で退職することに決めました。
せっかく採用してもらい頑張ってきたので、「もったいない」という気持ちと毎日戦いながら働いていたような気がします。
あ、この記事を読まれている方の中には「米軍基地で働きたい」と思っている人もいるかと思います。
米軍には「50代にもチャンスを!」という考えがあるようで、私のような50過ぎたオッサンでも採用される可能性がありますよ!(実際、採用された)
この記事を書いているのが3月ですが、やはり寂しいというか辞めないほうが良かったのではないか?という思いもあります、、
50代の転職が厳しいものであることは、この1年間で経験してきたことですから。


約1年間しか勤務しなかったのに、こんなにたくさんプレゼントをいただいてしまいました!!
皆さん、本当にありがとうございました!!
退職を決めた理由
退職を決めた理由にはいくつかの理由があります。前職の時と違い「嫌になっちゃったから、、」という訳ではありません。
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