「東京」の自画像
CD棚を整理していたら、HASYMOの「The City of Light / Tokyo Town Pages」(2008年)*が出てきた。HASYMOと言われても、ピンとくる人はあまり多くないだろうけれど、要するに、再結成したYMO(Yellow Magic Orchestra)だ。
2002年から、高橋幸宏と細野晴臣がユニット「スケッチ・ショウ」として活動を始め、そこに坂本龍一が加わったのが、HAS(Human Audio Sponge)。誰もがそう思うように、「それってYMOじゃん」なわけで、坂本龍一自身が「HASと書いてYMOと読んでくれ」と言い出し、HAS+YMOでHASYMOとなった。
*Apple Musicで聴ける
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久しぶりにプレイヤーにかけて聴いていたら、2曲目の「Tokyo Town Pages」に、引っかかりを覚えた。どこか不安というか、物寂し気なH-H-H-Cのテーマを変奏するピアノと、バスを効かせず饒舌に語るドラム。そこに、チリチリとやや不快な電子音やサンプリングしたノイズが重ねられていて、右スピーカからは、虫の声を模した電子音が繰り返し鳴らされている。
ノイズやアンビエントっぽい電子音は、近未来的な東京の象徴なのだろうけれど、ピアノの語る不安は非常に個人的だ。ライヒのような、組織だった都市空間的な不安ではないし、ましてバーンスタインの『不安の時代』のように、世界全体を包摂しようとする大掛かりなものでもない。ずっとパーソナルな不安で、それは、孤独とか孤立とか、そういった種類のもののようである。そして、虫の声がする。
そこにある東京の自画像は、率直に言えば、どこかまだ田舎の匂いを残している。1曲目の「The City of Light」はもっと直接的に、こう歌う。
変わらない路地に
変わらない影と
変わらない夕日
変わらない空と
路地があり、夕日と空が見える。もちろん、路地も夕日も東京には今もあるのだが、「変わらない」とは、なかなか言いにくい。東横線渋谷駅は地上から姿を消し、道玄坂の東急本店もなくなった。何より変わったのは、どこの街に行っても目につく、外国人の姿だろう。
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改めて振り返れば、2000年代の「グローバル化」のイメージは、非常に限定的というか、多分に楽観的なものだった。当時、代表例とされていたのはマクドナルドで(『マクドナルド化する社会』の邦訳版が出たのは1999年)、1996年にスターバックスが日本に上陸していたものの、2000年代前半はまだ、地方都市どころか、23区以外の東京市部でも、それほど店舗があったわけではない。「外資系」に就職する人は珍しかったが(門戸が狭かったから当たり前だ)、金融の世界だけは別で、国際取引が既に量的に拡大していた。しかし、多くの人にとっては、実感の伴う領域ではなかった。
「人・モノ・金・情報」が国境を超えると言われていたが、「金・情報」に比べると、人と物、特に人の流入の規模は、はるかに小さかった。たとえば、2005年の訪日外国人旅行者数は673万人で、2024年の5分の1以下である。メタフォリカルに言えば、グローバル化は、人の顔をしていなかった。
電子音と、パーソナルな不安や孤独、そして虫の音。それらによって描かれた「東京」は、どこか親密で、日本的だ。だって、虫の声が音楽になり得るのだから。東芝が国際競争に敗れ、SHARPが台湾資本に入り、スキーリゾートへ向かう新幹線は外国人客ばかり、といった、グローバル化の苛烈な顔は、まだ見えていない。いま見えている東京と、2008年の自画像は、あまりに違っている。
ちょうどコープランドが、「静かな都市」(Quiet City)で、世界国家になる前の、最後のアメリカの自画像を音楽にしたように、彼らの17年前の音楽は、音楽としての古さではないところで、少し離れてしまった時代の自画像のようだ。飯田橋から九段下にかけてのエリアとか、代々木八幡から上原にかけてのエリアには、今もそんな「東京」が残っているけれど、遠からず変わってしまうだろう。
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CDがリリースされて1か月後、リーマンショックが起きた。そのくらいから、「グローバル」という言葉に、影が差し始めた。だけれどまだ、グローバル化という言葉は元気で、企業の各種広報では必ず枕詞のように使われていたし、「国際」と冠する大学の学部も、続々と新設されていた。「国際化が本当に良いことなのか」と問う声はあったが、政治家も企業も、正面から向き合ってきたとは言えないだろう。
逆説的だが、人・モノ・金の国際化が中途半端で、グローバル化といっても高が知れていた頃が、グローバリゼーションという概念にとっても、幸福な時代だったのだ。具体的な人の顔をしておらず、一部の人が接する「カネ」と「情報」でしかなかった頃が。2008年の音楽から聴こえるパーソナルな東京の姿は、グローバルな顔をしていない。そしてそれが、果たして悲しむべき孤立した姿だったのか、それとも幸福な孤独だったのか、改めて聴きなおしてみてもいいような気がする。
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