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「不真面目教」の熱心な信者たち

自由な即興文化を、正しく理解しようとする人々

日本にはカウンターカルチャー愛好家、という奇妙な文化が存在する。反権威の文化を、権威的な方法で学ぼうとする文化のことだ。シュールな風景として、少しメモしておこうと思った。

カウンターカルチャー愛好家の矛盾の数々

• 冗談に「正解」を求める:
自由で即興な文化に、わざわざ教科書的な「歴史的意義」のラベルを貼る。彼らにかかれば、酔っ払いの落書きさえ「当時の社会情勢に対する痛烈なパラダイム・シフトの萌芽」という学問に昇華される。ジョークに脚注がついた瞬間、それはもう「検体」である。

• 不真面目さを、死ぬほど真剣に研究する:
「いかに彼らが不真面目だったか」について、濃厚なレクチャーを1時間する矛盾。

• 反乱を「資格」にする:
反権威的なネタが、「それを知っている」という教養レベルを示すための、新たな権威の武器になる。彼らにとって、サブカルチャーは「自由への扉」ではなく、上り詰める「階級章」なのだ。

生態観察:シブい愛好家たちの仕草

• 「空気感」という名のシャッター:
頼んでもいないのに語源から説き起こし、最後は「まあ、当時のサンフランシスコの空気感を肌で知らないと、本当の理解は難しいんだけどね」と、物理的な距離と年齢で会話を強制終了させる。「思い出話」という名のマウント。

• 自由の「免許制」と「正規ルート」:
ロバート・アントン・ウィルソンを経由しないとディスコーディアニズムを語る資格はない、的な謎の教義。初心者は「自分はまだケイオス魔術を修める段階にない」と、自分の不真面目さの欠如に焦り、参考書を買い込む。自由になるために、まず型稽古から入る武道家のようなストイックさ。

• 反乱を、定価とポイントで買う:
高学歴・定職・規則正しい生活を死守しながら、「既存のシステムを破壊せよ!」という本をAmazonでポチる。もちろん、ポイント還元も忘れない。

• 「ええじゃないか」への強制着地:
「アメリカのこれは、要するに江戸時代の『ええじゃないか』と同じ」。「八百万の神としてさまざまな信仰を受け入れる寛容な文化だ」。何でも日本文化の文脈に無理やり着地させて「日本、すごい(あるいは、同じ)」という安心感を得て眠りにつく、末期症状。

モットー:
「マナーを守って狂い合う」

まとめ:海外勢の反応
結局のところ、この「空回りする熱量のケッタイさ」こそが、本家アメリカの連中には一番ウケている。
「俺たちが適当に投げたゴミを、あいつら金継ぎして飾ってるぞ!」というカオス。

教訓:
カウンターカルチャーは、本来自然発生した「遊び」だが、日本では正式な「体系」として、今日も真面目に運営されている。




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