三岐鉄道 西桑名駅 エキタグスタンプ

2025.11.02
やって来たのは、三岐鉄道西桑名駅で目的はエキタグスタンプ捺印であった。

西桑名駅は、桑名市にある、三岐鉄道北勢線の駅で、西桑名駅からいなべ市にある阿下喜(あげき)駅までを結ぶローカル線で、この駅が三岐鉄道北勢線の始発駅であった。日本に三本しかないナローゲージの路線は全国でも珍しい線路幅の狭い路線です。

駅の歴史は複雑で、1914年に北勢鉄道大山田駅として開業、当初は桑名駅東側の桑名京町付近らしいが、その駅を西桑名駅として扱って良いかも解らない。

1961年に国道1号を横切るその路線の為、渋滞が激しく廃止され、西桑名駅が北勢線の始発駅となった。当時の西桑名駅は検車区を備えた大きい敷地の駅であったが、1977年の駅前再開発で現在のような姿になっていた。ターミナル桑名駅の東側にありながら「西桑名」を名乗っているのは不思議なことで、これは開業当時の所在地が西桑名町であったためであった。

到着している黄色い電車は既にお馴染みのものであった。駅構造は、1面1線のみのホームで、朝夕の通勤、通学時は混雑する。

やっぱり思うには、新ターミナル桑名駅が作られる際に三岐鉄道は何故組み入れられなかったのかだ!乗降客のことを考えれば一緒になった方が便利なはずだが、00鉄道が意地悪したのかな。

最後はエキタグスタンプですが、スタンプに描かれていたのは、七里の渡し跡とハマグリと電車が描かれている。七里の渡し跡は、慶長6年(1601)江戸と京都を結ぶ東海道が制定され、桑名宿と宮宿(現名古屋市熱田区)の間は、海路7里の渡船と定められたのも、現在のような治水が出来ておらず雨の度に木曽三川の木曽川、長良川、揖斐川が氾濫し陸路の設定及び幅広の川に架橋が困難であった為であろう。そのため熱田・宮の渡しから海上七里を船に乗り、桑名の渡しに着いたことから「七里の渡」と呼ばれ、東海道の42番目の宿場町として大賑わいを見せていました。ここにある大鳥居は、これより伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」と称され、伊勢神宮の20年に一度行われる式年遷宮ごとに建て替えられています。この地には2013年に旧東海道五十三次を歩いている際に訪問していた。前回の式年遷宮は2033年である。揖斐川へのこの石段は、往時の遺構ではなく、近代になって洪水対策で堤防強化された際に作られたものです。ハマグリは、現在日本で流通しているハマグリは、中国などの輸入品が90%、茨城県や千葉県で有名なチョウセンはまぐりが9%、そして大和はまぐりと呼ばれる桑名産蛤はたったの1%しか流通していないそうだ。ことわざにある「その手は桑名の焼き蛤」とは、うまいことをいっても、そんな計略には引っかからないというたとえであった。
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