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思考が巡る ── ペラペラエッセイは自分と向き合う旅である。

書きたいネタはいくらかあるけど、まとめる時間も気力もない。そんな時はどうする?

#ペラペラエッセイ だ。

“ペラペラエッセイ”という単語を使う頻度が高まっている。“ぺ”と打てば“ペラペラ”が出るし、その次に“エッセイ”が出てくるようになった。今後、ペラペラエッセイのことをどう呼ぶか考えてみた。敬意を払って「ペラペラエッセイ」とフルネームで呼ぶか、親しみを込めて「ペラエツ」と呼ぶか。(フォローしてる山本蛇内さんは「ペラエッ」と呼んでいた。それもまたいい)

「ペラエツ」で全員の頭に浮かんだ俳優といえば「トヨエツ」に違いない。トヨエツが出ているドラマや映画をこれまであまり観てこなかったけど、ネトフリの「地面師たち」は観た。面白かったし恐ろしかった。ああいう恐ろしいドラマを観ると、お金も土地も地位も名誉も持ってなくて良かったと思う。普通が1番だ。実際の自分は普通よりちょっと下な気がするけど。

何かについて、どうするのか尋ねられた時に、思わず言ってしまいがちな言葉が「普通で…」かもしれない。普通って人によって違うから、それでは伝わらないことも理解しているけど、ついつい言ってしまうことがある。ただ、「自分の普通が他人の普通と違うことがよくある」ということをちゃんと認識した上で「普通で…」と言っている自負がある。だから、思った結果にならなくても不満は言わない。だけど、妻にはちょっと文句言っちゃう。まぁそれは妻も同じだし、お互いじゃれてるだけだと認識している。違ったら恐ろしい。

妻とのじゃれ合いといえば、寝起きに膀胱を揺らし合うことが我が家の定番。膨張した膀胱が揺らされることでおしっこが漏れそうになる。「やめてぇ〜〜」と叫ぶ妻が見れるのは、膀胱を揺らした時と夜の一幕だけ。日中では見られない。調子に乗って揺らしてると、後で思いっきり叩かれる。痛い…だが悪くはない。ちなみに僕が膀胱を揺らされた時に、本当におしっこを漏らしたらウケるかもと思い、本気で漏らそうとしてみたことがある。でも漏らせなかった。人間、どこかでそういうストッパーがあるのかもしれない。そういうのを飛び越えられる人間になりたい。

水島新司の「ストッパー」という漫画が好きだった。大谷翔平より何十年も先を行くプロ野球での二刀流選手が主人公だった。ストッパーというのは、ざっくりいえば野球の最終回で投げるピッチャーのこと。いつからかクローザーと呼ばれていて戸惑ったことがある。なんかそういうことがよくある気がする。サッカーでもロスタイムがアディショナルタイムになってたし、バレーもレシーブがレセプションになってた。呼び方を変えるなら言ってくれないと困る。

呼び方といえばあだ名。昔、ある夢を見た。職場で講演会が開かれることになったという夢。むちゃくちゃ恐ろしい人物が講演に来るから、絶対に失礼な態度を取るなと脅された我々従業員はビクビクしながら講演を聞いた。でもなぜかその人物が激怒して「今からお前たちにあだ名をつけていく」と言いながら一人一人に「ゲテモノ」とか「無様」とか酷いあだ名をつけていった。言われた方は逆らってはいけないと思って「ハイィッッ!!」と起立して直立不動する様が面白くて、笑いながら目が覚めたことがある。ちょうど有吉弘行が再ブレイクしていた時だったと思う。まったくもって酷い夢だ。

酷い夢と言えるかどうかわからないが、息子が保育園児だったころの将来の夢は「カバ」だった。舌足らずな息子が発音すると「アバ」になって可愛かった。そんな息子も思春期になり、低い声で気のない返事をするようになった。返事すらしない時もある。生意気なアバに育ちやがって。

“生”がつくスイーツ多くない?生どら焼き、生たい焼き、生ドーナツ、生チョコ、生八ツ橋……とにかく多い。しかも美味い。“生”には美味しそうなイメージがある。それと、卑猥なイメージもある。不思議だ。

不思議といえばオチが思いつかないこと。こんなに思考を巡らせてもオチに辿り着けない。それどころか、まだまだ書けそうな気がする。あんなにも書くことがなかったのに。不思議だ。今日も書いて、投稿して、読んでもらえて、コメントももらえたりするかもしれない。日課になったこのルーティンも、改めて考えると不思議だし、ありがたいことだ。そして、大切にしたいと思う。

大切にしたいといえば挨拶。
みなさん、こんばんは。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします。

それでは、おやすみなさい。
夢で逢いましょう。

ペラリ。

toyofumi_tによるペラリ



なんかダサくてボツにした画像

AI生成くらいは凛々しくありたい


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