【第三話】 んちゅう人、食べ比べてみました。
差し込んできた柔らかい朝日で私は目覚めた。
静かな部屋、散らかったままのリビングとテラス── 昨日の賑やかさが嘘のようだ。
タコんちゅたちが帰ったあと、腹が満たされた私は血糖値が急上昇したせいか、気絶するように眠ったことを思い出した。
重たい頭と、少し胃もたれした腹に振り回されるようにしてヨタヨタと洗面場へ顔を洗いに行った。
冷たい水で顔を洗うと、驚いた脳が覚醒する。鏡にはこちらを見ているボサボサ頭のヒゲモジャ男の浮腫んだ顔が映っている。
「…シャワー浴びるか」
酷い顔の自分を見て、私は服を脱ぎながら呟いた。
そして、バスルームの扉を開けると、そこには見知らぬ生き物が2体入浴していた。

※一部生成AIによる作画
「お風呂、いただいてます」
蛙のような生き物が言った。ウーパールーパーのような生き物は湯船の中でうっとりしている。
他人の家に無断で侵入し、これまた無断で入浴する不届き者たち。そんな彼らに対して私は言った。
「背中流そうか?」
いいんですか?と、彼らの表情が明るくなった。
驚くことはない。これが“んちゅう”なのだ。
彼らの背中を流しながら話を聞いた。
蛙の方は「ゲロんちゅ」、ウーパールーパーの方は「ウパんちゅ」であること。
普段は会社員であること。
休日はこうやって知らない人の家の風呂に勝手に入っていること。
勤め先はセキュリティー会社であること。
夢は安心して暮らせる世の中を作ること。
いろんな話を聞かせてくれた。
私は彼らの話を聞きながら、彼らの体を入念に洗った。
偶然、たまたま、自宅にあった、座る部分にU字の溝があるバスチェアが、体の隅々まで洗うのにとても役に立った。本当に、運よく、奇跡的に、自宅に置いてあってよかった。

予期せず、図らずも、ひょんなことから、偶然、自宅にあった。
本当に。
なぜここまでして彼らを洗ったのか?
当然、食べるためである。
柔軟剤でふんわりさせたタオルで彼らの体を拭きながら、食べてもいいか交渉してみた。
ははぁん、そういうことね、と言いながらもすぐに承諾してくれた。もしかしたらここまでもてなさなくても食べさせてもらえたのかもしれない。そう思った途端に、自分の下心がすべてバレたような気がして、なんだか恥ずかしくなった。
私はゲロんちゅとウパんちゅとは面識がなく、食材としての彼らのことも知らなかったため,調べながら調理した。
ゲロんちゅ
ゲロんちゅの肉はとてもさっぱりしていてヘルシーで美味いらしい。特に驚異的な跳躍力を生み出す太腿や、離れた場所の獲物を絡めとる舌は高級食材として人気だとか。今回はもも肉を食べてみたい。私はゲロんちゅに聞いた。君の太ももを食べたいんだけどいいかな、と。
「そんなコトいちいち聞いちゃうんだぁ。あなたって遊び慣れてないのね」とゲロんちゅが蔑んだように笑った。放っておいてくれ。図星だった私はゲロんちゅを少し乱暴にまな板の上に押し倒した。
『ゲロんちゅの記憶バターソテー』
太ももの付け根にほんの少しの切り込みを入れて、滑らないようにキッチンペーパーでしっかり掴みながら引っ張るとあっさりと皮が剥けた。皮を剥いた途端、あんなに澄ましていたゲロんちゅが恥ずかしがって電気を消してほしいと懇願するので意地悪をしたくなり、ゲロんちゅの皮下組織をマジマジと見つめながら塩・コショウを塗り込んだ。ビクンビクンと反応しているうちに、フライパンにバターを溶かし、弱めの中火で熱する。バターは記憶バターを使用する。
記憶バター
記憶を深めの器に入れてしばらく放置すると、上の方に幸せな思い出が浮いてくる。
この幸せな思い出を勢いよく撹拌すると、だんだん固まってきて記憶バターとなる。使用する記憶が幸せな思い出であればあるほどコクが増す。ちなみに沈んだものは悲しい思い出。料理に使う際は食べる人がなるべく幸せな時にすること。立ち直れなくなっちゃうから。
溶けた記憶バターが沸々し始めたらゲロんちゅのもも肉を入れて、両面をこんがり色づくまでじっくり焼く。もちろん、フライパンからあがった湯気には記憶バターから溶け出した幸せな思い出が映し出される。最後にホポチョをひと搾りして香りが立ったら出来上がり。

※一部生成AIによる作画
実食
焦がしバターの濃厚な香りとホポチョの爽やかな香りの中に幸せな思い出が漂う。これから食べる味も、この後に幸せな思い出の仲間入りすることを予感させるような香りだ。
ゲロんちゅが相変わらず恥ずかしがって電気を消してと懇願してくるが…フフフ、そのうるさいカラダを食べてやる。
もも肉にフォークを当てると何の抵抗もなくするりと刺さった。ナイフを滑らせるとそれこそバターのように柔らかくほぐれる。ゲロんちゅの嬌声と思い出が室内に広がる。口に入れた瞬間にとろけるような柔らかさと濃厚な記憶バターの香り。
ひとくち、ふたくちと、あっという間に平らげた。皿の上に残った記憶バターのソースもベロベロ舐めてしまった。
そんな私をゲロんちゅが「ふふ…がっついちゃって。やっぱり坊やね」と笑った。でもいいや。なんか今は頭がポワ〜となって、何もする気にならないから。ただただ幸せな気持ちに包まれている。
ウパんちゅ
やたら怠い体を起こして、ウパんちゅに体を向けた。
一点を見つめたままニコニコしているウパんちゅに食べてもいいか聞いてみるが返事はない。とりあえず食べてみることにした。んちゅうにおいて沈黙は了承と取られる。実際にんちゅうの電車内で「舐めてもいい?」と聞いてくるおじさんを無視していたら舐められたことがある。しかもそのおじさんに「ホームシックの味がする」と言われて、地球にいる家族の顔を思い出してしまい、んちゅうに迷い込んで初めて泣いた。あれからどれだけ経っただろうか。すっかりんちゅうに馴染んでしまった。
『ウパんちゅのムニエル』
ニコニコしているウパんちゅに見つめられながら肉をカットするのはさすがに憚られたので背後から尻尾をストンと切り落とした。まったく動じる事なくニコニコし続けるウパんちゅに薄気味悪さを覚えながら尻尾をまな板の上に乗せて、食べやすいサイズに切り分けていると、ウパんちゅの切り身の色がくすんでいるような気がした。
尻尾の切り身をサッと洗い、水気をよく拭き取り、両面に塩・コショウを振って下味をつける。続いてゾブジ粉をまぶそうとした時、切り身の色がさらにくすんできているのがわかった。ウパんちゅ本体の方を見ると同じように色がくすんでいて、笑顔も可愛さがなくなって不気味さが際立っているような…。
フライパンにバターを溶かし、弱めの中火にする(記憶バターが切れたので普通のバターを使う)。ウパんちゅの切り身を皮目から静かに入れ、こんがり焼き色がつくまでじっくり焼く。その後、裏返してバターを足して香ばしく仕上げる。ここまで焼くと色が変化しているのか焼いた影響なのか判別がつかない。ウパんちゅ本体を見ると、明らかに最初とは違う恐ろしい生命体に変化しているではないか。
皿に盛り付けたウパんちゅのムニエルにホポチョを搾る頃には、ウパんちゅ本体の姿は痩せ型のおぞましい生物に変貌し、低く重い呻き声を轟かせていた。

※一部生成AIによる作画
実食
見た目も食感も味も、地球で食べた白身魚のムニエルに似ている気がしたけど、隣で唸り続ける異形が恐ろしすぎてはっきり言ってよくわからなかった。異形ウパんちゅが「ヴーン…」と唸るたびにムニエルも震えているような気がしてまあまあ嫌な気持ちになった。
「ご馳走様でした」
私はテラスでアイスのホポチョヒャーを飲みながらゲロんちゅとウパんちゅを食べ比べてみた感想を振り返っていた。シャワーを浴びなおしたゲロんちゅとウパんちゅが、濡れた体をタオルで拭きながらバスルームから出てきて私に味の感想を尋ねてくる。今はもうゲロんちゅはもちろん、ウパんちゅも可愛らしい姿に戻っている。本当に良かった。
さて、食べ比べてみた結果はというと……正直言ってウパんちゅのムニエルの味など覚えちゃいない。変化していくウパんちゅの姿が怖すぎて食べ比べどころではなかったから。それにしてもゲロんちゅの記憶バターソテーは絶品だった。ゲロんちゅのもも肉がどうこうではなく、記憶バターが美味しいんじゃないかと思う。今度、じゃが記憶バターで確かめてみることを思いついた。私はその場でタコんちゅに大声した。
大声
んちゅうにおける連絡手段のひとつで、もっとも一般的なもの。発明家のサンシャイン大越が発案し広めたとされている。息を深く吸い込み、腹に力を込めて発言すると声が遠くまで届くという仕組み。デッカボイスが芝生で日向ぼっこをしていると、弁当を忘れて家を出たサラリーマンに奥さんが大声で呼び止めているのを見てアイデアが浮かんだという逸話は有名な話。夜に大声するのは近所迷惑になるので気をつけよう。
「今度!!ジャガイモに記憶バターを乗せて!!一緒に食べよう!!」
私はタコんちゅの家の方角に向かって大声した。大声した後はなぜだか爽快な気分になる。
「楽しそうだね。僕たちも呼んでもらえる?」
ゲロんちゅとウパんちゅが言った。もちろんさ。君たちはもう友達だから。
「いいよ!!!でも!ジャガイモって何!!??」
タコんちゅから大声が返ってきた。

そうだった。ジャガイモは地球のものだった。
私はすぐに「ジャガイモ んちゅう 代替」でプビュった。
んちゅうにおいて地球のジャガイモの代わりになる食物は『ベヴォペリョ』らしい。
「ベヴォペリョのこと!!!!」
私は全力で大声した。あまりにも力を込めすぎたせいで目の前がふっと暗くなり、椅子に座り込んだ。
慌てた様子のゲロんちゅとウパんちゅの声が、やたら遠くに聞こえる。
薄れゆく意識の中で、タコんちゅの返事が聞こえた気がした。
私の大切な友の声が───

