先輩の夢:5月1日
五月晴れの空とは裏腹に、調布にある電気通信大学の道場には、熱気と道着の擦れる鋭い音が充満していた。
「長谷川、腰が高いぞ。もっと相手の重心を奪え」
合気道部の二年生、相模慎太郎先輩の声が飛ぶ。
私は荒い息を整えながら、目の前の相模先輩を睨み据えた。先輩の体格は合気道の経験によって無駄なく引き締まっており、対峙するだけで圧迫感がある。
「……はい、先輩」
私は返事と同時に、先輩の懐へ飛び込んだ。
だが、相模先輩は軽々とそれを受け流し、逆に私の手首を極めて制圧した。
「焦りすぎだ。……だが、その執着心は悪くない。連休中、自主練に付き合ってやる。お前のその攻撃性を、僕が正しく導いてあげよう」
耳元で囁かれた先輩の低い声に、背筋が粟立つ。制圧される痛みの中に混じる、男の体温。私は無言で畳を叩き、タップした。
深夜。笹塚のマンション。
帰宅すると、リビングでは謙二朗が難しい顔をして六法全書をめくっていた。
明日からゴールデンウィーク。兄は連休中、恋人の五十嵐麻衣さんのところに入り浸るつもりらしい。
最近の麻衣さんは、どこか様子がおかしい。以前の優しさは影を潜め、兄を精神的に追い詰めるような冷徹さが透けて見える。
(お兄ちゃん、あの人に心まで壊されなきゃいいけど……)
自分を見失うほど彼女に心酔し、ボロボロになっていく兄の姿を想像し、私は胸の奥にざらついた不安を覚えた。だが、その不安はやがて、私自身の内側にある「支配欲」を激しく刺激する。
自室のベッドに入り、琥珀色の霧の中へ沈んでいく。
そこに現れたのは、最近私の夢に定着したインクブス、タロだった。
タロは相模先輩を連想させる逞しい肉体を持ちながら、その瞳は常に私への恐怖に揺れている。
「晶……。今夜も、僕を……」
「黙って。……今日は機嫌が悪いの」
私は一言も発さず、タロの首を掴んで床へと引き倒した。
兄が現実で味わっているであろう「蹂躙」を、私はこの夢の中で逆転させ、支配者として振る舞うことでしか、心の均衡を保てない。
私は一切の躊躇なく、タロの顔面の上に腰を下ろした。

顔面騎乗。
「んぐっ……!? ……ん、んんーーっ!」
私の健康的な小麦色の太ももの間に、タロの鼻と口が完全に密閉される。
タロの手が私の脚を必死に掴むが、私はさらに体重をかけ、彼の顔面を床に押し潰した。
兄を心配する気持ちが、皮肉にも夢の中ではサディスティックな情熱へと変換される。
肺の酸素を求め、タロの腹部が激しく波打つ。鼻腔を塞ぐ艶やかな小麦色の肌から、彼の逃げ場のない吐息が漏れる。
「そうよ……。お兄ちゃんみたいに、あなたも『個』を失えばいいの」
窒息の淵で悶える男の重みを全身で受け止めながら、私は暗い悦びに浸った。
現実の兄への不安を、夢の中のタロを絞め殺さんばかりの圧迫で塗り潰していく。私は琥珀色の闇の中で、タロの意識が遠のくまで、その逞しい小麦色の肢体で重圧を与え続けた。
