恋人の夢:4月30日
4月30日、木曜日。
ゴールデンウィーク直前のキャンパスは、浮き足立った学生たちの喧騒に満ちていた。だが、法学部の静まり返った図書館の奥、六法全書の背表紙が並ぶ棚の陰に身を潜める私にとって、そんな開放感は別世界の出来事だった。
昨日の祝日、一人で部屋にいた時も、鼻腔の奥には麻衣さんの香水の香りが、そして首筋にはあの「雪白の太もも」の圧力がこびり付いていた。
(……ああ、集中できない)
憲法の判例を追う視線が滑る。頭の中に浮かぶのは、権利や義務の概念ではなく、ただひたすらに「重圧」の感覚だ。
その時、背後に人の気配を感じた。
「……こんなところで、何を見ているの? 謙二朗くん」
心臓が跳ね上がった。振り返ると、そこには薄いカーディガンを羽織った麻衣さんが立っていた。眼鏡の奥の瞳は、まるで出来の悪い論文を添削する時のように冷ややかで、けれど私を見つけた悦びに微かに潤んでいる。
「麻衣さん……。偶然、ですね」
「偶然かしら? ……あなたの匂いを辿れば、この広い図書館でも簡単に見つけられるわ。恐怖と従順が混ざり合った、その独特な匂いをね」
彼女は周囲に人がいないことを確認すると、迷いなく私の隣に座り、机の下で、その雪のように白い手を私の膝に置いた。
「日曜日の『対話』……。まだ、足りていないようね。あなたの瞳には、まだ自分勝手な理性が残っている」
彼女の指先が、スラックス越しに私の太ももを強く掴む。
「連休中、たっぷり時間を取ってあげる。あなたが『言葉』を完全に忘れて、私の前でただの肉塊になるまで……。楽しみにしておきなさい」
彼女はそれだけ言い残すと、優雅な足取りで去っていった。残されたのは、指先の感触に震える私の肉体と、逃れようのない予感だけだった。
深夜。笹塚のマンション。
麻衣さんの予告に震えながら眠りについた私の前に、今度はライが現れた。今日のライは透き通るような白い肌をしている。
今夜の彼女は、晶の面影をさらに色濃くし、その艶やかな色白の肢体を月明かりに晒している。
「現実の彼女に、また期待を持たされたみたいね。でも、忘れないで。あなたの絶望を一番深く味わえるのは、私だけなのよ」
ライは私の首を掴んで床へと引き倒すと、そのまま一切の躊躇なく、その白い肌の重圧を私の顔面に沈めた。
顔面騎乗窒息。
「んぐっ……!?……ん、んんーーーっ!!」
視界が琥珀色の闇に閉ざされる。
鼻と口が、ライの熱く、弾力に満ちた色白の肌によって完全に密閉された。
彼女の肌は、麻衣さんの冷たさとは対照的に、私の生命力を直接奪い取るような「熱」を帯びている。
「んん、んんーーーっ!!」
肺が酸素を求めてひくつき、脳内が真っ赤な警告音で満たされる。
私はライの白い太ももを必死に掴むが、彼女は微動だにせず、むしろさらに体重をかけて私の顔面を床に押し潰す。
吸い込めるのは、彼女の肌から放たれる濃厚な体温と、自らの限界を知らせる二酸化炭素の匂いだけ。
「そうよ……。現実の麻衣と、夢の私。どちらの重みで死にたいかしら? あなたには、そのどちらかを選ぶ権利さえないの」
ライの冷徹な声が、意識の薄れゆく頭蓋骨を揺らす。
私は、雪のような白い太ももの間で、ただひたすらに、至福の窒息を享受し続けた。

