子どもへのごほうび(報酬)って一体?
この間モヤモヤしたことを少し。
育児における『ごほうび』について。
自分の中でも曖昧なルールなので、言語化で整理することで、
そのモヤモヤの正体について考えたい。
先日、子どもたちと初めて高尾山へ登った。
夫は予定があったので義母と一緒に。
高尾山はケーブルカーやリフトが中腹まで
通っているため、それを使えば山頂まで
1時間足らずで行ける。
しかも、いたるところに給水ポイントならぬ
給オヤツポイントが点在するのも魅力の一つで、
登山で消費するエネルギーよりも
補給するエネルギーの方が上回りかねない
素敵な観光名所だ。
私自身何度も行ったことがあって、
子どもたちも最近は健脚になってきたし、多少の忍耐力はついてきた気がするし
きっと楽しめるだろう!との目論見で誘った。
ところが、リフトを降りてすぐのところで
長男が「足が痛い、、歩けない、、」と言い始めた。
は?
である。
もうすぐ6歳になる長男は、保育園でも体格がいい方で体力もある。
近くの公園やスーパーに行くのも全然歩く。
足を捻った様子もなく触っても痛くなさそうである。
もう少し行ったらお店とかあるよ?
お饅頭とかお団子とか売ってるかも。
とオヤツで釣るも空しく、答えはノーだった。
しかし、数日前に体調を崩したこともあり本調子ではなく情緒不安定なところがあった。でも朝誘ったときはノリノリだった。
まあ、全快ではない中誘った私が悪かったか、、、と思い直し、
「ならリフトにまた乗って今日は帰ろうか」
と言うと、ヤダ!と言って歩き出した。
全然痛くないんじゃん。。
とイラリとする自分を諫めながら
長男を鼓舞しながら山頂を目指した。
そんなこんななやり取りを何度もして、高尾山とは思えないほどの所要時間をかけて本院の下までようやくたどり着くことができた。
そこでご褒美の草団子とソフトクリームをたいらげ、ご機嫌な様子の長男。
でも、もう山頂までまた無限ループの不機嫌問答はムリっす。
という気分になって引き返した。
もちろん帰りも同じである。
さらにそこに”花粉”という長男の天敵要素が加わり不機嫌は最高潮。
「目がかゆい、もう歩けない!!」
と泣きながらいうので
目薬を差す、顔をふく、目を冷やすなどの
対応を提案するも全却下。イヤイヤモードで何も
受け入れてもらえない。
そんな中、同じくしびれを切らした義母がある提案をした。
「目薬したら、ポケモンカード買おっか。」
私のモヤモヤセンサーにひっかかった。
目薬をしたら?ポケモンカードを買う?
なぜ?
も、もやもやする、、、
なんか違う気がするけどうまく説明できない、、、
それプラス、イライラも相まって
少し怒り気味で
「ポケモンカードは大丈夫です。痒くて辛いなら、少しでも良くなる可能性があることを試しなよ。なんでも試さないと痒いままだよ。辛いのは自分なんだから自分で決めな。」
と言い放ってしまった。
なんとも大人げない、、、
そして時間も時間だったので泣きわめく長男をおんぶして下山した。
今回の反省点としてはまず、
家遊びで元気が有り余っていたとはいえ病み上がりの子を
連れて高尾山へいったのはまずかったとは思う。
そこはそれとして、前置きがとっても長くなったが
今回の論点
「どういうことに対するごほうび(報酬)は適当なのか」である。
今回のケースでいうと
山に登るというのはやはり疲労を伴うものなので
登る前は「高いところからの景色を見たい、おいしいもの食べたい」
などのモチベーションがあるが、
疲労に伴いだんだんとそのモチベーションが下がってくる。
その中で、「あそこまで登ったらオヤツを食べよう」などの
小目標を立てることは効果的であると思うし、なんだか許せる。
そしてその目標を達成したときに
「ここまで頑張って歩いたから、おいしく感じるね」
と一緒に喜べる気がする。
実際に今回も私は多用していた。
でも、”花粉で目が痒い”というのはどうだろう。
私も花粉症なのでそのしんどさはわかる。
本当に子どもがなるのはかわいそうすぎる。
でも、だからこそ自分で対処する方法を
自分が納得する形で習得してほしいとも思う。
ごほうびで釣ってまで目薬をする必要があるんだろうか?
不機嫌だったから目薬を嫌がったのは多少あるが、
普段機嫌のいい時でも長男は目薬を嫌がる。
かゆみが収まる感覚よりも目に何かが入る恐怖心の方が
優っているのかもしれない。
痒いから嫌だ、より怖いが勝つなら
怖くない方を優先したらと私は思う。そのかわり、痒いのは続くけどねって。冷たいかもしれないけど。
そんなモヤモヤ案件が夫に対してもあった。
これまた長男が、風邪の時に処方された薬が苦かった時、
「これ飲めたら○○買おう!」
次男がお兄さんパンツを履きたがらなかった時、
「今日おにパン履けたら○○買おう!」
、、、めっちゃ買うじゃん。
薬って朝晩飲むんだよ?お兄さんパンツって毎日履くんだよ?
毎回買うの?きりなくない?
しかも、薬飲むのって自分が良くなるためだよね?
オムツからパンツになるのって自立のためだよね?
ごほうびを与えるって「お願い」に近い気がする。
仕事の対価として報酬をもらえるように。
草むしりしてほしいから、100円あげるねっていう。
それは逆に、受け手からすると
報酬をもらえないなら仕事しない
ってことになりかねない。
さっきの例でいうと、
○○買ってくれないなら薬飲まない!になる。
別に飲まなくても苦労するのは本人なんだが、親としてはかわいそうなので早く治してもらうために薬を飲んでほしいと思ってしまう。
やらなければならないこと、やるべきことに関しての報酬の線引きはとっても難しい。
ごほうびをもらえる!(外的な動機付け)を繰り返していくうちに、
あれ?薬飲んだ方が早く治るな?
↓
今度から風邪ひいたら薬を飲もう(内的な動機付け)
になるとも考えられるが
そのごほうびを繰り返すっていつまで。。
私のもやもやは一体?
ごほうびをあげる事象に関する事?それともごほうびにかける内容・金額的なこと?
有識者の方いましたらご教授お願いします。
