【エッセイ】侵入者をキャミソール姿で走って追いかけた夜の話
日々、普通に生きているだけでも、思わぬ自分に出会うことがある。
個人的には、それがまだ見たことのない純粋な私だったり、繊細で優しい私だったりすると、少し特別な気がして嬉しい。
子どもを見送ったあと、後ろ頭に寝グセをつけたまま、道端のオオイヌフグリを愛でる私。
困っているお年寄りや子どもだけでなく、バケツから出られなくなっているカナブンを、人知れず助ける私。
自己満足に過ぎないけれど、誰も知らない自分の心の奥底に、一瞬触れられたような気がして、少し嬉しくなる。
けれど、生きていれば、逆方向の「意外な自分」に出会うことも、もちろんある。
20代の頃、マンションで一人暮らしをしていたときの話だ。
その日は打ち合わせなどが続き、22時頃に帰宅した。帰宅後、掃除をしていたのだが、玄関を掃いてゴミを取る際にドアを開けて外に出たことが、よくなかった。
疲れていたこともあり、鍵をかけるのを、うっかり忘れてしまったのだ。
夜中の3時頃だった。ガサガサと音がする。
目を開けると、窓際のカーテンの人影が揺れている。ベランダに誰かいる。13階なのに?とりあえず通報だ。そう思い、寝返りを打ってスマホに手を伸ばそうとした、そのときだった。
暗い部屋の中、背中を向けて座った男性がガサガサしていた。
カーテンに映っていたのは、“部屋の中”の人間だった。私は、あまりのことに我を忘れて大絶叫した。後ろ姿の男性は、その声に驚いて一度ビクッとしたあと、すぐに走って逃げ出した。
私は悲鳴を上げながら、クイックルワイパーを片手に持ち、キャミソール姿に裸足で追いかけた。
こいつを、絶対に捕まえる。
その一心だった。
けれど侵入者は、あっさりと暗闇へ消えていった。部屋に戻ると、私の大絶叫で両隣から通報があったらしく、すぐに警察が来た。鑑識らしき人も含めて、10人近くいたと思う。寝る前に掃除していたこともあり、足跡はしっかり残っていたらしい。
特に玄関付近をぐるぐるしていたようで、恐らく一人暮らしかどうか、靴の数を確認していたのではないか、ということだった。
警察はキッチンなども念入りに調べてくれた。
若い警官がカウンターキッチンから顔を出し、
中年の警官に「これは何ですか?!」と聞くと、
「カウンターキッチンだ!」と答えていた。
私はそれよりも、カウンターキッチンに置いてあった、干しエノキの出汁をとるための透明の麦茶ポットが、どう思われているのか気になって仕方なかった。どう見ても不気味だったから。
ちなみに警官からは、「刃物を持っている可能性があるので、絶対に追いかけないでください」と注意を受けた。
侵入後、どうやら私はすぐに気づいたらしく、取られた物は何もなかった。警察が帰ったあと、普段は挨拶しかしない隣のお姉さんが、「うち、来ます?」と声をかけてくれた。部屋に入れてもらい、いろいろと話を聞いてもらった。
お姉さんはいつも朝方まで起きているらしく、夜中の3時頃、ガチャガチャとドアノブを回す音を聞いて、「今日は珍しく帰りが遅いな」と思っていたらしい。そして、その直後、私の大絶叫が響いたという。
絶対に、死んだ。外は血の海かもしれない、そう思ったら怖くて出られなかったと苦笑いしながらコーヒーを淹れてくれた。
優しいお姉さんと、こたつの中で内緒で飼われた猫が、その夜、いや、もう朝方の私の心を、十分すぎるほど癒してくれた。
この13年前の一件を、私はときどき思い出す。
目に浮かぶのは、絶叫しながら、キャミソール姿でクイックルワイパーを握りしめ、侵入者を裸足で追いかける自分の姿だ。
案外、自分が思っているより、逞しい。
テレビで不法侵入のニュースを見るたびに、ふと考える。あのとき、もし捕まえられていたら、と。
警察の注意はちゃんと覚えている。
それでも、私という人間が、いざというときどんな行動を起こすのかは、わからない。
だから、毎晩、きちんとパジャマを着て眠ることにしている。
mashiro
