【ほんのり怪異】 座敷童子のロク
Ⅰ おふみと座敷童子
わたしの名前は、ロク、――この隙間風の入り込む貧しい家に憑いた座敷童子、とでも申しましょうか。いつの頃からか、この家に住むおふみという娘を見守っているのでございます。
おふみは九つで、――たしか七つのときに、たった一人の家族であった母親を亡くし、遠縁のこの家に貰われることになりました。おふみは、元々よく笑い、喋る娘でしたが、母親を亡くしてからは、声を失い、口を開くことはございません。それでも、ときおり、何かを思い出すように、微笑む姿を見かけることはございました。
この家の夫婦は、暮らし向きだけでなく、心根までも貧しいようで、金に困ると、おふみに当たり散らしておりました。酷いときには、雪の降る寒い日でもかまわずに、おふみを外に放り出す始末でございます。わたしは寂しそうなおふみの後ろ姿を見るたび、心が痛むのです。わたしがこの家に居着いてからは、夫婦の羽振りもすっかり良くなり、蓄えもできるほどになりました。しかしながら、夫婦のおふみへの酷い仕打ちが変わることはございませんでした。それでも、おふみは、ひたむきに働いておりましたが、いつも仕事の傍ら何かを探しているようで、狭い隙間に頭を突っ込んでは蜘蛛の巣だらけになり、縁の下をのぞいては白い頬に土をつけているのです――。
わたしが来たことで羽振りの良くなった夫婦でございましたが、ある日、物取りが入り、この家の蓄えを全て持ち去ってしまいました。腹を立てた夫婦は、怒っておふみを殴りつけ、外に放り出しました。しかし、おふみは泣きもせず、しばらく川原でぼんやりと過ごすと、またあの家へと戻っていきました。
おふみへの仕打ちが日に日に激しくなる中、今度は夫婦の女の簪が一式盗まれてしまいました。夫婦はおふみが盗っていないことは分かっておりました。しかし、煮えくり返った腹を落ち着かせようと、女は、おふみを鍬の柄の部分で殴りつけようといたしました。
「あの薄気味悪い黒猫と同じように、――叩き殺してやろうか!」
その言葉を聞くや否や、おふみの目の色が変わりました。そして、振り絞るように叫びました。
「――ロクは、ロクは、お前が殺したのか!」
「そうさ、いつも気味の悪い目であたしを見て…殺して蔵の壺に放り込んでおいたよ!」
おふみは目に涙を浮かべ、直ぐ様、蔵まで走っていきました。そして、壺の中を覗き込み、静かに泣いたのでございます。
「ロク、許しておくれ――。」
おふみは、何度もわたしの名前を呼んだあと、汚れた手拭いに骨を包み、それ以外は何も持たずに、この家から出ていきました。
―――
Ⅱ おふみの記憶
黒猫のロクは、母が亡くなる前に拾ってきた猫で、たくさんのお恵みがあるように“禄”、――“ロク”と名づけました。いつもわたしたちは一緒で、母が亡くなったときも、ロクは決してわたしのそばから離れようといたしませんでした。わたしは、ロクと一緒ならば、何処で暮らしても良かったのです。
――ロクは、わたしのたった一つの居場所でしたから。
そんなロクはある日、突然、姿を消しました。探しても探しても、ロクはどこにも――。
けれど、夜中になるとロクはやってきて、寝ているわたしの手をいつものようにざらざらとした舌でぺろりと舐めるのです。朝になり、あれは夢だったのだろうか、そう思いながら、わたしは、また夜を待つのでした。
もしかすると、ロクはこの家の夫婦が嫌で、どこかに隠れているのかと探しました。そして、もし見つけたら、すぐにでもこの家を出ていくことを心に決めておりました。まさか、ロクがあの暗く寂しい壺の中に一人でいたなんて、わたしはつゆほども知らなかったのです。
――ロクのお墓は、町が見渡せる川原にいたしました。
「ねぇ、ロク、ここからはあの町がよく見える。
わたしはあそこにいるから、此処から見守っていてくれるかい?わたしのことがずっと心配だったんだろう…?」
わたしは、ロクのためにも、自分の居場所を探そう、そう心に決めたのでございます。
―――
Ⅲ 団子屋の看板娘
此の場所からは、おふみが情深い団子屋に拾われ、生き生きと働く姿がよく見えます。白くふっくらとした小さな手で串を並べ、ときおり団子の匂いに頬を緩めて――。もう、あの家にいた頃の面影はございません。わたしが座敷童子にならずとも、あの団子屋でしたら何の心配もないでしょう。それにしても、久々に聞いたおふみの鈴の鳴るような美しい声――、鈴なりの団子は、さらに売れそうにございます。
さて、あの夫婦のことが気にかかりましょう。
あの家には、もう、誰もおりません。ただ、蔵の壺の中、夜な夜な爪で引っ掻く音と呻き声が聞こえるそうにございます。
ええ、わたしは、――化け猫のロクにございます。

mashiro
