辻村深月『鍵のない夢を見る』(小説)|依存心や自惚れ、蔑み、羞恥心に窒息しそうになる短編集
私はちゃんとしてる。
あの子と同じだと思われたくない。
私はかわいい。
私だってあの子みたいに愛されるはず。
あの人を理解できるのは私だけ。
いい人に見られたい。立派な人に見られたい。
不幸になりたくない。
幸せになりたい。
幸せになりたい。
そんな、普段は誰にも気づかれないように隠し持っている強烈な自己愛のようなものが文章から溢れ出し、読んでいて苦しい気持ちになった辻村深月の直木賞受賞作『鍵のない夢を見る』。
あらすじはこちら。
どこにでもある町に住む、盗癖のあるよそ者の女、婚期を逃した女の焦り、育児に悩む若い母親……彼女たちの疲れた心を待つ落とし穴。
こちら5人の女性を主人公にした以下の5篇の短編からなる短編集です。
1、仁志野町の泥棒
2、石蕗南地区の放火
3、美弥谷団地の逃亡者
4、芹葉大学の夢と殺人
5、君本家の誘拐
読むと本当に、なんというか、ずーんっと沈んだ気持ちになります。
どの主人公のことも好きになれないのに、どの主人公の気持ちもよくわかってしまう。自分にも主人公たちと同じようなところがある気がして息苦しい。自分もこの小説の主人公のようになる可能性を感じてぞわっとする。
そんな感じ。
他人を下に見たり、
自意識過剰だったり、
見栄のために男と付き合ったり、
どうしようもない男を本気で好きになったり、
理想と現実の乖離を受け止めきれなかったり、
物語は始終じめっとした手触りです。
「街」ではなく「町」に住み、狭い世界だけで生きてきた視野が狭い女性たちの、閉ざされた思考回路。
何やってんだよ、と何度も主人公たちに思います。
そんなわけねーだろ!とか、シャキッとせんかい!とか、そんな男とっとと捨てちまえ!とか、ほっぺたを叩いてやりたくなります。
それでも、それでもどの人物にも心の奥底で共感し、彼女たちに同化しそうになるほどのリアリティがあるのです。
※この先は一部話の結末に触れますので、まだご覧になっていない方は是非読んでから戻ってきてください!
その一方、逆に微塵も理解できないのが男たちです。
特に、日本推理作家協会賞短編部門候補作にもなった『芹葉大学の夢と殺人』に登場する主人公•二木未玖の恋人・羽根木雄大がやばかった。
まずいのは、容姿が整っているところです。美形で華奢で色白。その上、口数も少なく整った涼しげな顔立ちときました。
……惚れそう。私も惚れそうな感じする。好きそうな感じする。
ついでにこの男、転部して医学部に入りたいと言い出します。
……転部してでも医学部に入りたいだと?いいじゃんか、かっこいいじゃんか。大学に入ってもなお、試験を受けようとするなんて根性があるやつじゃんか。
けれど雄大の夢はここで終わりません。
なんと、医学部に入れたら真剣にサッカーで日本代表を目指したいと言うのです。
……サッカーで日本代表?
…………………………………
んんん?
こいつどっかのクラブチームにでもいるの?もともとスカウトでも受けてたの?
しかし、次の瞬間、我々は戦慄します。
未玖「サッカーは、今もやってるの?」
雄大「うん、大学の体育で」
大学の体育で?
大学の体育で、サッカーの日本代表に入れると思ってる?
こいつやばいぞ!!!
見た目はいいけど、中身どえらいやばい奴だぞ。
医学部に転部できるように応援してたけど、こいつ絶対無理だぞ。
未玖、逃げろーーーーーーー!!!!
って思ったんですけどね、それでも主人公の未玖は雄大から離れません。
ただただ純粋に、本当に叶う目標として医学部転部とサッカー日本代表を掲げている雄大。
ただただ純粋に、嘘やお世辞を言えず、相手を傷つける雄大。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
挙句の果てには、卒業させてくれない(完全に雄大のせいなんですけどね)教授を殺して逃亡。
やばいなんてもんじゃない。ここまできたら正真正銘のサイコパス。
それでもまだ、医学部の夢を諦めていない雄大。
それでもまだ、雄大を見捨てない未玖。
どちらも狂ってる。
雄大だけが狂っていると思っていたけど、未玖も狂っている。
未玖は別に盲目だったわけではなく、雄大の夢が決して叶わないことも、雄大がやばい奴だということもわかっていました。
それでも、未玖も狂っていたのです。
自分の夢と現実の折り合いをつけ、美術の高校教師として働きつつ、それでも夢だけを追い続ける雄大に囚われ続ける。
医学部に転部したい理由も、雄大が人を殺した理由も、全て自分だったらいいのにと考える。
広い世界に出たにも関わらず、かつていた狭い世界に囚われ続ける。
いくらでも逃げられたのに、逃げないことを選ぶ。
雄大に未玖を殺した容疑をかけるため、階段から飛び降りた未玖。
落ちているその時間はスローモーションのように全てがゆっくりとしていて、ああ、これが彼女の夢だったらいいのに、と思いました。
夢から醒めて、ああ、とんでもない夢を見た、昔変な男に執着してたことがあったなと笑ってくれたらいいのに。

嫌な寝汗をかくような、重苦しい夢のような5つの話。
逃げたいけど、逃げられない。
幸せになりたいのに、幸せがどこにあるのかわからない。
この苦しい夢から逃れるための鍵がない。
他人に決して知られたくない、女性特有の依存心や自惚れ、蔑み、羞恥心に窒息しそうになる小説でした。
おしまい。
↑『嘘つきジェンガ』は『鍵のない夢を見る』から連なる短編集。
辻村深月さんの作品だと私は『凍りのくじら』が好きです!
