あなたを好きになったのは間違いですか?」 第5話
🌿声だけで、こんなにも
仕事に集中しようとしても、
ひよりの頭の中には、ふとした瞬間に瀬戸の姿が浮かんだ。
楽しそうに話していた時のこと。
漫画の話で、少し身を乗り出して笑っていた横顔。
(……つまんないな)
今やっている作業が、
理由もなく味気なく感じる。
(仕事でもいいから……
瀬戸さんと、少し話したい)
そんなことを思っていた矢先、
ちょうどいい案件が目に入った。
――口実、できた。
ひよりは、受話器を手に取る。
番号を押す指が、ほんの少し震えた。
(落ち着いて。仕事、仕事)
コール音のあと、
電話がつながる。
「はい、瀬戸です」
その声を聞いた瞬間、
心臓が跳ねた。
(……やばい)
ドキドキが、止まらない。
深呼吸しようとした、そのとき。
「すみません、今ちょっと……トイレの最中で。
急ぎのご用件ですか?」
一瞬、頭が真っ白になる。
「えっ、あ、いえ……!
でしたら、後でかけ直します!」
ひよりは慌ててそう言い、
電話を切った。
(なにやってるの、私……)
恥ずかしさと、
なぜか少しだけ腹立たしさ。
(タイミング、悪すぎ)
頬が熱くなって、
ひよりは机に突っ伏しそうになった。
⸻
しばらくして、
今度はひよりの電話が鳴る。
――瀬戸さん。
「先ほどは、すみません。
今、大丈夫です」
その声は、さっきより落ち着いて聞こえた。
案件の話をすると、
数日後に来社することが決まった。
⸻
約束の日。
瀬戸はいつも通り、少し控えめな笑顔で現れた。
「この前は、失礼しました。
お取り込み中に……」
ひよりがそう言うと、
瀬戸は苦笑いする。
「いえ、こちらこそ。
あんなこと言ってしまって」
案件の説明をしながら、
話はいつの間にか、少しずつ私的な方へ流れていった。
「俺……
彼女ができても、浮気されること多くて」
ぽつりと、瀬戸が言う。
「だから、自分、ちょっと闇あるんです」
冗談めかした言い方なのに、
どこか本音が滲んでいた。
「今は、彼女いないです。
……バーチャルな彼女ならいますけど」
そう言って、照れたように笑う。
「好みは……
ちゃんと話を聞いてくれる人、ですかね」
ひよりの胸が、静かに鳴った。
⸻
その夜。
部屋に戻り、ひよりは鏡の前に立つ。
(彼女、いないんだ……)
安心と、
ほんの少しの期待。
それに気づいて、
ひよりは自分に驚いた。
(私……)
鏡の中の自分は、
思っていたより、やわらかい表情をしていた。
気づいてしまった気持ちは、
もう、なかったことにはできなかった。
