防げたはずの損失が、防げていない社会
はじめまして。社会性のある事業のプロデュースをしているソーシャルビジネスカンパニー JOURO(ジョウロ)です。
代表青木の紹介はこちら
私たちは、長野県千曲市を拠点にソーシャルビジネスを展開しています。その中の1つ「電気事業」として、主に県内製造業様向けに電力調達最適化のご提案をしておりますが、話の内容は電気の話だけでなく経営全般の話に波及することがよくあります。その中でも「うまくいかなかった話」はよく出てくるワードでして、ここに実は再現性があることに気づきました。でも、そのせっかくの経験が資産としてどこかに蓄積されているわけでもない、書籍があるわけでもない、多くは成功の前段として少し語られる程度。「これはもったいない!」と考え、この度経営の「知恵(失敗事例)」を循環させる活動をスタートしました。
その名も「信州・挑戦者の図書室」です!
ではなぜ今、私たちは「成功体験」ではなく、誰もが隠したがる「失敗談」を集めるのか?その理由をお話しさせてください。
成功には「変数」が多いが、失敗には「論理」がある
書店に行けば、成功者の華々しい物語があふれています。しかし、その多くには「たまたま時代が良かった」「運が味方した」「タイミングが良かった」「その人のカリスマ性があった」など、再現性の低い要素(=変数)が含まれているのも事実です。
一方で、失敗はどうでしょうか。
・「現場の反対を押し切って導入したシステムが、1円の利益も生まず負の遺産になってしまった」
・「補助金が出るという理由だけで、身の丈に合わない設備投資をしてしまった」
・「入口管理が全然できておらず、人数合わせの採用をしてしまい、その後苦労した」
・「効率ばかり重視して、現場を疲弊させてしまい退職者が続出した」
など
これらの苦い経験には、必ず明確な「論理」と「予兆」があります。
「高い授業料」を、一社の損失で終わらせない
長野県は製造業が盛んな地域です。長野県を支える基幹産業と言っても過言ではないでしょう。その製造業のみなさまが流した汗と涙、そして支払った多額の「授業料」。 それを「恥」として墓場まで持っていくのは、地域社会にとって、そして日本の製造業にとって、あまりにも大きな損失です。
もし、A社が支払った「1億円の授業料(失敗)」を、B社が知っていたら。 B社はその1億円を失わずに済み、代わりに「新しい製品開発」や「従業員の給与」に投資できたはずです。
「誰かのつまずきが、誰かの近道になる。」
この循環を作ることが、ソーシャルビジネスカンパニーであり、長野県に拠点を置くJOUROの役割です。
つまり、このサービスによって「防げたはずの失敗を防ぐ」「バケツの穴を塞ぐ」「止血する」そのような効果を狙っています。
地元メディアにも掲載

先日、地元長野県で圧倒的発行部数を誇る信濃毎日新聞様にも取り上げていただきました。そのおかげで早速問い合わせもいただき、購入してくださった事業様もいます。
詳細
サービスの詳細についてはJOUROのホームページでご紹介させていただいていますので、気になる方は一度ご覧ください。
