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2026年8月16日



公募は大学受験と同じなので、求められているものにこたえられたらいいだけです。傾向と対策ですね。

まず、賞ごとに特徴がありまして、たとえば、すばると太宰はやや軽いエンターテインメント寄り、新潮は最重量級の暗いものが好き、というイメージです。松本清張と群像は、まったくちがいますね。
松本清張は明確にエンターテインメント(恋愛、ミステリー、時代劇)、群像は、前衛、実験の現代文学なので、流用はぜったいに不可能です。

自分に向いている作風を求めている賞、少なくとも、できあがった作品にあった賞に応募するといいでしょう。
あとは、選考委員をチェックして、この人に読んでほしい、評価してほしい、という積極的な思いがあれば、やる気が出るでしょう。
ご質問の書きかただと、最終選考が目標なのかな、と思いましたが、そうだとすると、偏差値(倍率)の低いところをねらいましょう。芥川賞候補率に相関があり、芥川賞に直結の文學界、文藝あたりは東大、京大で、すばる、太宰は私立医学部くらいです。太宰(筑摩書房)は文芸誌を持っていないので、最弱レベルです(今村夏子、津村記久子というスターもいます)。

次のレベルの傾向と対策を申し上げますと、もっと大きな流れ、社会的な流行ですね。大前提として、小説を読み、書く人などというのはインテリなので、三島由紀夫は例外ですが、リベラル側の思想以外は評価しません(文藝の特集をごらんください)。音楽では10年、小説では100年、欧米に遅れて流行がやってくるのが日本なので、欧米の動向はこれからの参考になるでしょう。日本なら、まだ2000年代のテーマで戦ったほうがいいでしょう。ジェンダー、ヘイト、憲法改正、格差社会、あたりで書きたいものを選択するのがいいでしょう。大事なのは、あなたがリベラル側の人の気持ちになって、言ってほしいであろうこと、言ってほしくないであろうことをきちんと反映させることです。流行語「推し」のみの一本足打法で芥川賞までとった人もいます。

ここまでがご質問への回答で、ここから、自分の意見を申し上げますね。
受験みたいな創作など、やめてしまえ、ということです。本音で申し上げますと、もっとも最終選考にひっかかっていた時期に意識していたのは、「つまらない」「長い」「読みにくい」ものを書こう、です。わたくしは、小説というものがよく分からなかったので、評価されているものに対するイメージにあわせたら自分も評価されるだろう、と思いました。
評価されましたね。太宰治賞、林芙美子文学賞、江古田文学賞、三田文学新人賞、名古屋文化振興賞、と、たしか5つ、最終選考にひっかかりましたが、ばかばかしいよ。自分がおもしろいと信じているのではなく、傾向と対策で、自分を賞にあわせていました。わたくしが受賞していたら、このくだらない傾向を、さらに延命させていただけでしょう。信頼も尊敬もしていない、このような人たち(選考委員、小説を読み、書く人)にほめられてうれしいかな、と考えたんですね。うれしくもなんともないですね。

ポジティブなことも申し上げましょう。それでも、編集部から電話がきたときはうれしいよ。太宰治賞のお知らせは、人生で最高の瞬間でしたね。興奮しすぎて、なにも手につかなくなって、そのまま三鷹の太宰の墓に行きました。道ゆく人に自慢しようかな、と思いました。それでは不審者なので、書店に入って、店員さんに自慢しようかな、とか本気で迷っていました。
さらに、希望が持てることも申し上げましょう。奇妙なほどに公募はフェアなので、実績ゼロの無名の新人であるわたくしが、ふつうにひっかかりました。きちんと選ぶ側がおもしろいと思ったものを残すので、そこは、信じてもだいじょうぶです。

教師をやりながら小説を書いてるなんて、最高の人生ですね。
よろしければもっとくわしくお聞かせください。目的は本当に、最終候補にひっかかる、でよろしいですか。
小説を書きたい、書きつづけたい、誰かに読んでほしい、でしたらすぐに願いはかないます。すでにかなっているでしょう。
ブレイクしたい、小説で売れたい、だとしたら入口は公募とはかぎりません。むしろ、純文学の公募など売れないほうの入口で、芥川賞作家でぎりぎりです。雨穴という人がいますね。

あと、どうせ、あなたの文章なんて誰も読まないんですよ。
ここまで書きましたけど、わたくしにしても、どうせ読まれてないと思ってましてね。
これは、救いのような考えかたなんですよ。誰も読まない、ってことは、なにを書いてもいいんです。
誰も読まない、という前提だと、読んでくれたらラッキー、なんです。
あなたは今期芥川賞作品を読みましたかね。
読まないですよ。自分の作品にしか興味ないでしょう。
そういうことです。
救いなんですよ。

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