新宮~那智山(1日目)①
特急南紀の車窓の外には紀州の深い山脈(やまなみ)がどこまでも続いている。どんよりとした曇り空の下、山の上のほうは白い霧に覆われていた。天気予報では、週末の空模様はあまり良くないものの、雨は降らないはずだった。でも、それも少し怪しい。荷物をできるだけ軽くしたかったので、リュックには折りたたみ傘もレインポンチョも入れてこなかった。
四両編成の列車は定刻どおりに新宮駅に到着した。東京の自宅を出たのはまだ夜明け前だったのに、気づけばもう正午近い。和歌山は本当に遠いのだ。
改札を出て、駅前のロータリーにある案内図を確認する。熊野速玉大社、神倉神社、阿須賀神社はいずれも駅からそれほど離れていない。回りやすさを考えて、まずは神倉神社へ向かうことにした。駅から徒歩10分ほどだ。
神社までの道を示す小豆色の看板にはしっかりと「世界遺産」の文字が印刷されている。駅から神社までの道はほとんど記憶に残っていなかったけれど、色あせた朱色の欄干のある石橋を渡り、境内に足を踏み入れると風景に見覚えがある。
実は、この神社を訪れるのは初めてではない。
数年前、僕はスキューバダイビングをするために和歌山県の南端にある串本を訪れたことがある。僕にとっては初めての和歌山旅行で、せっかくだからと新宮で途中下車し、少し観光でもしていこうと思った。そのときに、神倉神社にも立ち寄っていたのだ。
山の麓にある境内からは、朱色の鳥居の先に五百段を超える急な石段が続いている。ご神体があるのはその上だ。神倉神社は御灯祭りで知られているが、この祭りでは松明を手にした男たちがこの石段を一気に駆け下りてきて、ときにけが人も出るという。
前回訪れたのは夏の暑い時期だった。地元の人が数人、ベンチに腰かけて雑談をしていて、僕に気づくと「せっかく来たのだから、ご神体を拝んでいきなさい」と勧めてきた。ただ、そのときの僕は下駄を履いていたので、苔むした石段を上るのはさすがに無理だ。そう思って断ると、「裸足で登ればいいだろう」と笑いながら言われた。
今日は観光シーズンを外れているせいか、境内に人の姿はない。
お堂の横でスタンプ台を見つけ、押印帳に記念すべき最初のスタンプを押した。二十六番、神倉神社。さて、次は熊野速玉大社だ。
川沿いの小径を抜け、10分も歩けば速玉神社はもう目の前だ。きれいに整った石畳の参詣道を進むと、境内の入り口に下馬橋が架かっている。昔は小川でも流れていたのかもしれないが、いまは形だけの橋で、高知市のはりまや橋を思わせる。橋の脇に立つ石碑に「日本第一大霊験所 熊野大権現 全国熊野神社総参宮」と刻まれている。
速玉神社は、さすがに有名な観光名所だけあって、境内には参拝客の姿が多い。朱と白に塗り分けられた社殿は華やかで、人のにぎわいもあって全体に明るい雰囲気がある。神倉神社から来たので余計にそう感じるのかもしれない。
本殿の脇にあるスタンプ台で、二十五番・熊野速玉神社のスタンプを押す。国の天然記念物であるナギの木に囲まれた社殿が図柄になっている。
このまま次の阿須賀神社へ向かおうと思ったのだが、ふと考え直して御朱印も頂いていくことにした。熊野三山(速玉・那智・本宮)と青岸渡寺の四か所の御朱印を集めると記念品がもらえるらしく、そのための特別御朱印帳が用意されている。どうも僕はこういうものに弱い。
スタンプと違ってこちらは有料だ。千円札を差し出すと、受け皿に五百円硬貨が置かれた。数年前まで納経料は三百円だったはずだ。それが五百円に値上がりしている。
この値上げについて、以前に聞いた話を思い出した。こうした料金は各寺社が個別に決めているわけではなく、統一されているらしいのだ。当初は2022年1月1日に一斉に三百円から五百円へ引き上げられる予定だったが、どうした事情からなのか、西日本では4月1日に延期されたのだという。
四国遍路のとき、ある札所で「4月から値上がりするらしいので、今のうちにもらっておかないといけませんね」と冗談めかして言ったことがある。ところが、それが非難がましく聞こえたのか、相手は少し顔をしかめて、「関東のほうは、とっくに値上がりしているからねえ」と返してきた。
御朱印帳には、特定の巡礼のために用意されたものがある。東国三十三所や西国三十三所、秩父などがそうだし、四国八十八ヶ所もその一つだ。
おそらく、圧倒的に人気があるのは四国遍路だろう。そう考えると、お四国のある西日本では値上げへの反発も強かったのかもしれない。だとすれば、あのとき僕は、納経料が据え置かれていたことに感謝するべきだったのだろう。
納経を終え、返された朱印帳と押印帳、それに巡礼手帳をウエストポーチにしまい、阿須賀神社へ向かう。ほぼ真東へ、まっすぐ歩いて10分ほどだ。
阿須賀神社は、こぢんまりとした神社である。石の鳥居から続く短い参道の両脇に濃紺の幟が立っている。白抜きの文字で神社名とともに「世界遺産」の文字が目立っている。
境内の脇にある小さな小屋の中にスタンプ台が置かれていた。二十七番のスタンプは、正面から見た社殿がやや角張ったかたちで描かれ、その上を木が覆っている。押印欄に記された説明によると、境内から弥生時代の竪穴住居が発見されたらしい。これほどの狭さの中で見つかるのだから、竪穴住居というのは、言葉の響きとは裏腹にずいぶん小さなものなのだろう。
境内には歴史民俗資料館もあったけれど、入る気にはならなかった。お金の問題というより、今日はその余裕がない。熊野那智大社まで、このあと20キロ歩くのだ。
阿須賀神社を出て、町なかの細い道を歩き始めた。
それにしても、どこが熊野古道なのか分かりづらい。熊野速玉大社から那智山までは中辺路のほとんどがアスファルトの道なので、一見しただけではとても古道には見えない。
スペインのカミーノでは黄色いホタテ貝が目印になっていて、基本的には掲示板や石碑に示されたマークをたどっていけばよい。
四国遍路でも、公式の道標はそれほど多くないものの、電柱やガードレールにお遍路さんの丸いステッカーが貼られていて、やはりそれを頼りに進めば迷うことはない。
それに比べると、熊野古道の道標は極端に少ない。ところどころ路面に埋め込まれてはいるのだが、アスファルトの上の文字はすっかりかすれていて気づきにくい。何より立体的ではないので、遠くから視認できるものではない。
最初、僕はこれがすでに世界遺産になっているという「おごり」なのではないかといぶかったけれど、すぐに考え直した。単に、新宮から歩き始める人が少ないだけなのだろう。
そこで今回は『ちゃんと歩ける熊野古道 中辺路・伊勢路』(春野草結著、山と渓谷社)という地図を持ってきている。25万分の1の地図にルートが重ねられていて、とても便利な代物だ。ただ、分岐のたびに立ち止まって確認するのは少し面倒なので、結局、大まかな方向だけ頭に入れて歩くことになる。
基本的には、郵便局や酒屋、橋などを目印にしながら進む。正しい道を歩いているのか少し不安になったところで、風景と地図を照らし合わせ、現在地を確かめる。スマートフォンの地図アプリはできるだけ使わない。次の目的地を設定し、青い線をたどれば迷わず進めるのは分かっているのだけれど、それではどうにも味気ない気がする。
三匹の猫が路上に寝そべっているのを横目に細い道を進んでいくと、右手に王子神社(浜王子)が見えてきた。ここも九十九王子の一つだが、押印処にはなっていない。すべての王子にスタンプ台があるわけではないのだ。鳥居の前を通り過ぎるとき、お堂のほうに向かって軽く頭を下げた。
