消えゆく景色と、変わらない原風景。新宮駅のホームで考えたこと
わが故郷でもある和歌山県新宮市にある新宮駅
蘇りの熊野三山の1角速玉大社が鎮座する新宮。
新宮駅は、和歌山県と三重県の県境にあるためJR西日本とJR東海との境界駅でもある。京都・新大阪方面の特急くろしお、名古屋方面の特急南紀が走る。
新宮市の人口は、1980年に42,428人と最高となるも、少子高齢化から昨年2025年は最低25,822人と約40%も減少となった。それにともない乗降客も減少の一途で、駅舎では子供頃、駅弁販売もあって賑わっていたが、2020年10月にキヨスクも閉店し、今ではその面影はない。
子供頃、親戚のお兄ちゃんやお姉ちゃんが夏休みに自然を満喫しに遊びにくる。新宮を離れる際、駅で見送る寂しさと、追う羨望を覚えている。都会へ戻る列車の窓越しに、お兄ちゃんたちの顔が遠ざかる。駅ホームから見えるゴトビキ岩と神倉神社だけが、取り残された僕の幼き寂しさを知っているかのように、鎮座していた光景を思いだす。

高校卒業と同時に新宮駅から大阪へ、見送り来てくれた人もいて、見送られる側となり、また違った寂しさとこれからへの希望があった。
齢57の今では、帰省という形で特急くろしおで新宮駅に降り立つ。行き帰りとも駅から見える普遍的な風景の中に鎮座する神倉山が見え、いつも蘇りのパワーをもらう。特に大阪方面に戻る際、新宮駅から見える鎮座してる熊野の神から、いつも「踏ん張ってこいよ」と応援してくれてるように感じにさせてくれる。
帰省のルーティンとして、いつも横町の中華料理「万惣」のネギそばと焼飯、元鍛冶町の「鹿六」の鰻を食べに出かける。いずれも一口食べると、これこれと納得の帰ってきたなぁと思う瞬間があり、これもいつまでも普遍的であってほしい思いからか、蘇生される要素の大きなファクターでもあると思っている。

この新宮駅は、僕にとって起点となる始発駅で、そしていつかは帰るべき終着駅のような場所。人も減り衰退していて便利な駅ではないけど自分のルーツであり、移りゆく時間を見守る駅舎で愛おしい。
駅ホームから見える神倉神社で毎年2月6日の夜に行われるの例祭(お燈祭り)で、白装束に荒縄を締めた上り子(祈願人)が、燃え盛る松明を持って538段の急峻な石段を一気に駆け下りる神迎えの儀式がある。 近いうち、新宮駅に降り立ち、荒ぶるお燈祭りの上り子として炙り蒸され森羅万象を感じ、久しぶりに六根清浄したい気持ちに駆り立てられている。

#この駅がすき
