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支援の現場から、今日の一冊36「ふつうの相談」

36冊目に紹介したいのは、東畑開人氏による『ふつうの相談』である。

本シリーズでも以前、東畑氏の『居るのはつらいよ』を紹介したことがある。

東畑氏の文章の魅力は、理論と実践を自由に行き来するところだと思う。

現場でなんとなくうまくいっていた支援について、

「なるほど、知らないうちにこういう理論的背景を踏襲していたのか」

と気づかされることが多い。

今回の『ふつうの相談』も、そんな一冊だった。



私たちは「相談」というと、カウンセリングルームで行われる専門的な心理支援を思い浮かべる。

しかし東畑氏は、実際には友人同士、上司と部下、同僚、家族などが日常的に行っている「ふつうの相談」のほうが、件数も守備範囲も圧倒的に大きいと指摘する。

専門的なカウンセリングが整備された庭園だとしたら、ふつうの相談はどこまでも続く草原のようなものだ。

東畑氏はこれを、

* 純金のような専門的心理療法
* 現場の実践知による合金
* そして広大な「ふつうの相談」

というイメージで説明している。

心理職の世界にいると、専門的な相談こそが中心だと思いがちだ。

しかし社会全体から見れば、むしろ専門相談のほうが例外的な存在なのである。

この視点にはとても納得した。



支援の仕事を続けていると、知らないうちに支援が重々しくなることがある。

理論や技法を学び続けることは大切だが、その結果として、

「もっと深く理解しなければ」
「もっと適切な介入をしなければ」

という気持ちが強くなりすぎることもある。

そんな時に「ふつうの相談」という考え方を思い出すと、肩の力が抜ける。

相談とは、本来もっと柔らかく、人と人との間に自然に生まれる営みなのだ。



特に心に残ったのは、巻末に収録されている

「契約中断を起こしてしまった初心者カウンセラーへの手紙10箇条」

だった。

そこには、

「中断は起きてしまった。しかし、あなたはクライエントの役に立っていた部分もあった」

「あなたはカウンセラー未満だったのではない。カウンセラーとしてクライエントの前に存在していたのだ」

という趣旨の言葉が書かれている。

この部分を読んだ時、私はとても励まされた。



人はできなかったことばかり見てしまう。

特にカウンセリングや支援の仕事は、人と人との関わりそのものだから、

「うまくいかなかった」

という経験が、

技術不足だけでなく、

「自分には支援者としての資質がないのではないか」

「そもそも自分は何のためにこの仕事をしているのだろう」

というところまで広がってしまう。

これは実際に支援の仕事をしたことがある人なら、少なからず経験したことがある感覚ではないだろうか。



東畑氏の手紙は、そのような支援者の心に寄り添ってくれる。

「今日はゆっくり眠りなさい」

「少し元気が出てきたら、少し厳しいことも言おう」

「元気が出ない時は、うなぎでも食べなさい」

そんな言葉が続く。

相談内容を深掘りしすぎない。

でも見捨てない。

デイケアの雑談のような、絶妙な距離感がそこにはある。

まさに「ふつうの相談」である。



東畑氏の最新作を横浜市立図書館で予約しようとしたところ、300人待ちだった。

驚いた。

しかし同時に納得もした。

私たちは今、専門的な答えだけではなく、

少し肩の力を抜いて話を聞いてくれる人、

一緒に考えてくれる人、

そして「それでも大丈夫」と言ってくれる人を求めているのかもしれない。

300人待ちという数字は、

それだけ多くの人が「ふつうの相談」に飢えていることの表れなのだろう。

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