”過去を引きずる人、未来を切り開く人” 序章ー2 人生は「事実」より「解釈」に左右される
”過去を引きずる人、未来を切り開く人” 序章ー2
序章−2 記憶は事実ではなく解釈である
私たちは普段、
自分の記憶を「事実」だと思っている。
あの時、あの人にこう言われた。
あの出来事で傷ついた。
あの失敗があったから自信を失った。
そのように過去を思い出すとき、多くの人は
それを疑うことなく受け入れている。
しかし、本当にそうだろうか。
無論、起きた出来事そのものは事実である。
けれど私たちが覚えているのは、
その出来事そのものではない。
その出来事を自分がどう受け止めたか
という「解釈」である。
例えば、
同じ雨の日でも、人によって感じ方は違う。
農家の人にとっては恵みの雨かもしれない。
遠足を楽しみにしていた子どもにとっては
残念な雨かもしれない。
雨が降ったという事実は一つである。
しかし、その意味は人によって異なる。
人生の出来事も同じである。
失敗した経験を「自分はダメな人間だ」と
受け取る人もいれば、
「貴重な勉強になった」と考える人もいる。
転職を余儀なくされた人が、
「人生が狂った」と感じることもあれば、
「新しい道が開けた」と振り返ることもある。
出来事そのものは変わらない。
変わるのは、出来事に与える意味である。
私はこれまで多くの人と接してきたが、
人生を前向きに歩んでいる人ほど、
過去の出来事を上手に解釈している。
失敗を失敗のままで終わらせない。
苦労を苦労のままで終わらせない。
つらかった経験の中から何かを学び取り、
自分の成長の糧にしている。
一方で、過去に縛られてしまう人は、
出来事そのものよりも、自分が作り上げた
解釈に苦しんでいることが少なくない。
「あの失敗があったから自分はダメになった」
「あの人の言葉で人生が変わってしまった」
そう思い続けることで、
自ら過去の檻の中に留まり続けてしまう。
もちろん、傷ついた経験を
簡単に忘れろと言うつもりはない。
つらい出来事が心に深く刻まれることもある。
しかし、出来事にどんな意味を与えるかは、
これからの自分が決めることができる。
過去の事実は変えられない。
だが、その事実に対する解釈は
変えることができる。
そして、その解釈が変わると、
過去の見え方も、現在の生き方も、
未来への歩み方も変わってくる。
記憶とは、単なる出来事の保存ではない。
それは自分自身が作り上げた物語でもある。
だからこそ私たちは、
その物語を書き換える力を持っているのだ。
