やはり「知識力が足りない薄謝協会は単純にトチ狂っているだけだ」って裏付けになるものがあちこちで発掘されているから、これを少しレストアすべきだと思ったんだ。苦労して藤子不二雄Aの「まんが道」を揃えた人だからこそ永田竹丸先生がトキワ荘ミュージアムの為に「漫画少年」を豊島区に寄贈された話に対しての不敬罪と知識不足のひけらかしに対して改めて憤慨しつつ、を反芻する。
ひとまずこの記事でもレストアしておくか。
まあ知識として蓄えておく分には申し分ない。
因みに当時採取した時の惹句コメントとしてはこうある。
→狂っているんじゃない。あなたが知らなかっただけだ。
といふ「まにぃロード」に基づいた名言があるが、この事例と合わせると、
やはり「知識力が足りない薄謝協会は単純にトチ狂っているだけだ」、
と変換されても何にもおかしくない、そんな一例。
「何もいかれちゃいない 君が知らなかっただけだ」はオタを貫く為の行動に相通ずる基礎知識であり、原動力だ。『まにぃロード』レビューと、むしろ数多のコトバを殺す「人でなし」の知性のなさと習性の醜さと品性の低さを徹底的に疑え。|torov
「知識力が足りない薄謝協会」が鈍感でつとに知られる横浜と結びついて単純にトチ狂っている事例はこれで。
でもまだ薄謝協会に「鉄優N」(鉄道に優しいNHK)の
遺伝子はまだ遺されているからそんな「素敵やん♪」な
運用が出来るのはこちらの事例だ。
「往復プラレール」を正しく社会的に活用してるスタッフがいるのは優秀だな。薄謝協会のくせに鉄優Nなんだから、をまくらに。久々にエスペラント語の歌を聴いたな「ルーミスエテルネ」。BS松竹東急の命数もあとわずかなのは寂しいですが。|torov
「トキワ荘」復活でさまざまなツイート〜『実際に住んでいた一般人』から聞いた思い出話まで - posfie
トキワ荘の通い組だった故・長谷邦夫先生からよくトキワ荘の話を聞いたが、「オンボロアパート」という印象が強かったという。ところがトキワ荘が建ったのは昭和27年で、手塚治虫の入居は昭和28年、藤子不二雄昭和29年、石森・赤塚は共に昭和31年で、まだ新築か築数年だったはず。
— 竹熊健太郎《Aタイプ》 (@kentaro666) June 27, 2020
竹熊健太郎《地球人》 @kentaro666
トキワ荘の通い組だった故・長谷邦夫先生からよくトキワ荘の話を聞いたが、「オンボロアパート」という印象が強かったという。ところがトキワ荘が建ったのは昭和27年で、手塚治虫の入居は昭和28年、藤子不二雄昭和29年、石森・赤塚は共に昭和31年で、まだ新築か築数年だったはず。
2020-06-27 20:49:21
それなのにどうしてオンボロの印象が強かったのか。思うに、戦後大量に出た焼け跡の廃材を使って建てられたとしか考えられない。7月に当時のアパートを完全再現したトキワ荘ミュージアムがオープンするので、行って聞いてみたい。
— 竹熊健太郎《Aタイプ》 (@kentaro666) June 27, 2020
竹熊健太郎《地球人》 @kentaro666
それなのにどうしてオンボロの印象が強かったのか。思うに、戦後大量に出た焼け跡の廃材を使って建てられたとしか考えられない。7月に当時のアパートを完全再現したトキワ荘ミュージアムがオープンするので、行って聞いてみたい。
2020-06-27 20:51:42
因みに長谷邦夫先生とつのだじろう先生はトキワ荘メンバーだが、実家が東京なので「通い組」と呼ばれている。
— 竹熊健太郎《Aタイプ》 (@kentaro666) June 27, 2020
竹熊健太郎《地球人》 @kentaro666
因みに長谷邦夫先生とつのだじろう先生はトキワ荘メンバーだが、実家が東京なので「通い組」と呼ばれている。
2020-06-27 20:54:22
つのだじろうはなるたけホラー・オカルト系を避けていたから、「5五の龍」(将棋まんが)だけ揃えたことあるけど。
長谷邦夫先生の話はnoteに何度か書いたような。
ほうぼう飛び回ってて、倒れた末期のHPもよく読んでいました。
トキワ荘は「漫画少年」手塚担当者で加藤謙一編集長の次男・加藤宏泰が夫婦で住んでいた。手塚に空き部屋を紹介したのは加藤宏泰。作家と同じアパートなら仕事上便利だからだ。それからうしおそうじ・寺田ヒロオ・藤子不二雄らが入居したが、みな漫画少年の執筆者。この辺りの話は余り語られてないね。
— 竹熊健太郎《Aタイプ》 (@kentaro666) June 27, 2020
竹熊健太郎《地球人》 @kentaro666
トキワ荘は「漫画少年」手塚担当者で加藤謙一編集長の次男・加藤宏泰が夫婦で住んでいた。手塚に空き部屋を紹介したのは加藤宏泰。作家と同じアパートなら仕事上便利だからだ。それからうしおそうじ・寺田ヒロオ・藤子不二雄らが入居したが、みな漫画少年の執筆者。この辺りの話は余り語られてないね。
2020-06-27 21:29:54
藤子不二雄Aのまんが道はなかなか中央公論新社版の「藤子不二雄ランド」では揃えられず4冊くらい抜けていたのは、ブッキング版(カヴァーの
セル画は付いてない)が出てなおかつ札幌にもまんだらけが充実してから
ようやく揃えた辛抱を強いられたことがあるだけに。
(大体手塚に空き部屋を紹介した、でキラキラに書いてたけど、
そんな事情もあるっぽい形で藤子不二雄Aのまんが道
でも近い描写はあったような)
だからこそ苦労して藤子不二雄Aの「まんが道」を揃えた人なので永田竹丸先生がトキワ荘ミュージアムの為に「漫画少年」を豊島区に寄贈された話に対しての不敬罪と知識不足のひけらかしに対して改めて憤慨しつつ、を
反芻する、はアリかなと。
雑誌「漫画少年」の約9割が、児童漫画家でトキワ荘の通い組で「新漫画党」党員でもあった永田竹丸先生より豊島区に寄贈された、というすばらしい話題のニュースなのだが、永田先生への言及がまったく無いというNHKの認識不足と、先人への無礼さ酷さに呆れ果て、怒りが湧く。 https://t.co/Y1POavrVUj
— #NoWar(R)HiroshiHootoo (@HiroshiHootoo) June 27, 2020
#BlackLivesMatter
@HiroshiHootoo
雑誌「漫画少年」の約9割が、児童漫画家でトキワ荘の通い組で「新漫画党」党員でもあった永田竹丸先生より豊島区に寄贈された、というすばらしい話題のニュースなのだが、永田先生への言及がまったく無いというNHKの認識不足と、先人への無礼さ酷さに呆れ果て、怒りが湧く。 www3.nhk.or.jp/news/html/2020…
2020-06-28 05:06:28
テキトーな雑い無駄張りをされた薄謝協会の文字ニュースは
まともな出来じゃあない毒電波だったからな。
月刊「漫画少年」は、昭和22年12月から30年9月にかけての7年10ヶ月の間に、増刊号を含め全101冊が発行された。そのうちの9割以上である93冊が、当時の同誌執筆者の手から揃いで収蔵できることの有り難さが解らないとは。
— #NoWar(R)HiroshiHootoo (@HiroshiHootoo) June 28, 2020
画像は同誌の事実上の休刊号である昭和30年10月号に掲載された永田竹丸作品。 pic.twitter.com/csqcb7KeKy
#BlackLivesMatter
@HiroshiHootoo
月刊「漫画少年」は、昭和22年12月から30年9月にかけての7年10ヶ月の間に、増刊号を含め全101冊が発行された。そのうちの9割以上である93冊が、当時の同誌執筆者の手から揃いで収蔵できることの有り難さが解らないとは。
画像は同誌の事実上の休刊号である昭和30年10月号に掲載された永田竹丸作品。 pic.twitter.com/csqcb7KeKy
2020-06-28 15:22:19
ってのも織り込んだのか、最近の展示フェアでそうした当時の漫画少年が
観られるデジタルアーカイヴがどうやら観られるそうで。
やはり「知識力が足りない薄謝協会は単純にトチ狂っているだけだ」って裏付けになるものがあちこちで発掘されているから、これを少しレストアすべきだと思ったんだ。苦労して藤子不二雄Aの「まんが道」を揃えた人だからこそ永田竹丸先生がトキワ荘ミュージアムの為に「漫画少年」を豊島区に寄贈された話に対しての不敬罪と知識不足のひけらかしに対して改めて憤慨しつつ、を反芻する、でした。
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