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ボーッと「ニュース」なんか見てんじゃねーよ!という陳腐な憤りも事態としてはとうに過ぎた。ワイドショーを通じて社会事件考えるのやめたらいい、と投じたナンシー関の文言がピンピン生き続けているあたりペンの力は強い。バブル脳だけで勤め上げ続けた醜いロクデナシは既に人でなしの畜生でしかないから、何を伝えることが重要かもわからず人を捨て続けてきた末期だからと見切りをつける為に。だから私は新聞のSCRAPから始めた。きっかけの一つとなった阪神淡路大震災から30年経過したことに寄せて。

まあなかなか記事として纏まらないから、時節柄に寄せて
いくのがここはスジかと。

しかし久々に四千頭身都築のダブルヘッダー観たのだけど。

309万再生とか書かれてたけど、もう350万再生越えとる。

今回「どうしようもない回」で福留光帆が「あちこちオードリー」に
凱旋した結果、佐久間宣行Pの中に四千頭身都築の
名前は「お笑い芸人」のコマの一つですらなく抹消されてるんだな、と。
(まあラジオ番組としてサクラバシの名前はCreepy Nutsの
ついでに出てくるくらいで)

テロップの端にもそれは出てたなやはり。

「四千頭身「後藤」への悪口企画 309万(再生)」
と出とるがな。

 まあ四千頭身都築という単語がすっこり抜けて、福留光帆に「面白いらしいじゃん」とイキってる人扱いされて流されていく(費消されるがままの)やられ役としてはこれ以上ないポジションに煮上がったのだけど不憫だね、四千頭身都築。


まあ記事のタイトルに沿うならまずはここのパートか。


ボーッと「ニュース」なんか見てんじゃねーよ!という陳腐な憤りも事態としてはとうに過ぎた。

結局傍目に「聴かされる」大音量です漏れ出てくる「ニュース」と
呆道されてるものにおよそ知性と品性は見当たらなくて、すべからく
有害電波を放ってるだけにしか過ぎないのは奇っ怪な横並びと共に、
1990年代後半からさして変わっていない人材使い捨てを基本とした
「ハラスメント・オールデイズ」の「じゃあなリスト」を書くことしか
脳のない「人でなし」に塗れた一連の「近づけば近づくほど目の毒耳の毒」
から脱却できてない何かでしかないんだな。

丸岡いずみの場合は佐藤のりゆきから、セントフォースに
入って番記者経験したあと宮根誠司の方に行ったが故の地獄と地獄のミルフィーユな感じがどうやっても幸せになれない
宿命を辿っていたとしか。


ワイドショーを通じて社会事件考えるのやめたらいい、と投じたナンシー関の文言がピンピン生き続けているあたりペンの力は強い。

まあしかし、ナンシー関が亡くなってから20年以上も経つの
に、オヅラはようやく死んだところで、まだデーブ・スペクターが
生きているのが魑魅魍魎、というか。
 それでもなおテレビ局の応対が余りにも「ハラスメント・
オールデイズ」だからナンシー関の批評を常に下回ってる
あたりにナンシー関の展開したペンの強さがある。

 だからまだこの言説が有効打になってるのは、流石だなと。

 ワイドショーを通じて社会事件考えるのやめたらいい。
なんか、ワイドショーってダメだもん。

ナンシー関『テレビ消灯時間②』
(文藝春秋.1998.09,049/ナ/2)p126

その後の典型例まで絶妙な悪態を突かれるほどあまりにだらしなくて酷い「鎌倉殿の13人」式「坂東式のいたぶり」と
「因果律」に満ちているから「オロカブは時代を経ても繰り返す」
なんだけど。

「B.T」なんか、三田佳子の息子が逮捕されたニュース、
第一報の時三田佳子って名前一切使わずに、「有名女優の息子」
で通したのである。人権に配慮して、だって。うそつけ。

ナンシー関『テレビ消灯時間②』
(文藝春秋.1998.09,049/ナ/2)p126


バブル脳だけで勤め上げ続けた醜いロクデナシは既に人でなしの畜生でしかないから、何を伝えることが重要かもわからず人を捨て続けてきた末期だからと見切りをつける為に。

って三連としては結構重複もあるから過去記事を上げることで以下略にでもしてみるか。

んとに、朝日新聞は「語り継ぐ戦争」し過ぎた弊害が「すいとんをバカにする上司」と同じくらい無知でほうぼうに「ぶちくらせ」レベルの暴言をカマす「イモなんて、どれ食べてもイモはイモでしょ」なんて存在自体が低レベルの同僚がごろごろいるってわけか。「新聞なんて、どれも古臭いレベルだからどの新聞読んでも臭いだけでしょ」と言われても仕方ないことをしてる「自覚」が足りないってこった。

 つまりそれがハラスメント・オールデイズから抜け出せてない
証拠、なのか。

「んまー」という生きにくい空気を作られまくって、先進国
特有の人口減少(少子化)を作られてる「邑イズム」に
只管溜息をつくよりも、「オーマイゴー」や「アイゴー」を
スルーしまくれるメンタルを形成するには、まずもって必要
なのが「博学であるかより、基礎知識の洗い出しとBBA抜き(という名のハラスメントオールデイズ丸出しな「んまー」連発合戦)に参加しない
「いのちだいじに」のセンスを磨いて実践すること」の方で、
これがだいじ。

 とまあスタンスは自分なりに定まったあたりで。
(どんなに嫉まれようが無視されようが基本的には非暴力不服従の精神と
隠忍で生きていく、それも「運命ぢゃ」と)


まあそんなんなので、リアルタイムに近い頃は図書館で手当たり次第に
関連書籍を読みもしたけど、基本的にはかけ離れた「中世的中央地域」の
間接的暴力と、「起こっている現場」における現実的に必要な物の
割り出しの要諦は田中康夫の本で基礎的に学んだような気がする。

 渋滞を引き起こしているのに、報道記者やカメラマンの“出動”を待つ運転手の人達が談笑している。
 被災地の人々に役立つ情報よりも全国のTVの前の視聴者のニーズに応え続ける東京目線のマスコミを感じる。

田中康夫『神戸震災日記』
(新潮文庫版,1996.01)p24

まあこの視点を関西でも後年見喪って、「ボクタチの好きな
北鮮ヨタ話」をまだブラックアウト後で復旧しきれてない中
見てた数少ない視聴者を裏切る悪業を見せたので、程なく
ネットは打ち切られ孤立無援で死んでいったコンテンツも
あるんですけどね、「ちちんぷいぷい」。

そろそろと「関西民鉄派」であるからには。~「ちちんぷいぷい」と黒田一樹を偲びつつ。|torov

「どういった物資が足りないのでしょうか?」と尋ねる。
セーターや下着や風邪薬や生理用品は、被災地二日目の僕にも想像が付いた。と、二人は口を揃えて、「風呂に何日も入ってないから、ウェットティッシュやドライシャンプーがあったら嬉しい」と教えてくれたのだ。

田中康夫『神戸震災日記』
(新潮文庫版,1996.01)p36


だから私は新聞のSCRAPから始めた。

 何より怖れたのは人を捨ててばかりの畜生が失念した人の
亡くなった時に、それをフォロー出来る情報まで失念される
ことを何より怖れた。なので、人の追悼文を書くときは
なるべく意に沿った文章と筆致を心掛けている。

「キャラソンの父」・須賀正人の事績と評価について。|torov

 むしろにくきゅうファイターさん(亡くなった玉川達文、
もしくはいとうまりこと結婚して入婿してからの伊藤達文)
とかがやったりしてた『ふたご姫』なんかでよく名前の出てたシノミンが
総作画監督やるくらいにはなってんのな、に感心する。

川上とも子(2011年6月9日没)~「お逢いしたことのあるこの人を悼む」第一回。|torov

KAN「千歳」とaiko「えりあし」|torov

KANにも遂に「逢魔が時」が来たかと覚悟はしていたが。にしても事務所の後輩のコメントがここまで観られない仕様なのは報道のベースソースに浅はかさがあるとしか。Adoが執念でヒャダインまで辿り着いたたこやきレインボーの話と共に。たまにはそんなラジオデイズ。|torov


そしてまた「節制収縮期間」が始まるように、今月もそろそろSCRAP作業が始まるのですが。


だから私は新聞のSCRAPから始めた。きっかけの一つとなった阪神淡路大震災から30年経過したことに寄せて、でした。

「私と神戸ルミナリエ」にまつわるよしなしごと|torov

私の世代が生き残るには酷な時代だったからね。何らかを弔うための記しにでもなれば。心の味蕾(みらい)、って現代詩。|torov




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