【長編】二階建て空中楼閣のF【第1回】
※ 長編小説第2弾。たぶん10年くらい前に書いたやつ。改めて手直ししながらのんびり投稿してくわ。完結はしてるけど全何話になるかチョットわからん。前作の『ぼくらのミッドナイトジュニアスクール』より以前に書いたやつで、ほいでコレよりも明らかに長い。
で、今回の注意事項なんやけどさ。一応は青春系コメディ&現代ファンタジーのつもりの作品ではあるんやけどもや。男主人公なろう系でさ、共感性羞恥っていうか、黒歴史を想起させるっていうか、なんて言えばいいんかわからんけど、とにかく主人公の人間性とノリに対して嫌悪感もたらす可能性よね。他の登場人物もイラっとくる要素はあるし。結局は好みのモンダイなんやけどもや。気が向いたら読んで。
あとこれも前もって明かしておくんやけど、俺たちの戦いはこれからだ!エンドやからね。見逃した誤字脱字はゆるして。桒島。
一、お元気ですか
さて、人は常に上を目指してきた。鳥のように空を飛ぶことを夢見た。月へ到達することを目標にした。それらはもう昔の話である。
ライト兄弟が飛行機で空を飛ぶ偉業を成してから百年も経たない内にロケットの打ち上げに成功。今では海外旅行もジェット機でお手軽。宇宙旅行も浦島太郎の気分を味わうことを覚悟すれば、あれよあれよと夢ではない時代ときたものだ。
スーパーマンに鉄腕アトムにドラえもん。例を上げればいくらでも羨望の的がある。体に飛ぶ性能がないゆえに空を目指す。夢に空を描く。上へ、上へ。不可を可に、と頭を抱え悩ませるのが人間の性といえよう。
まあ、それはともかく。いいかげんそちらでも不動産屋トウキョウスカイホームの都市伝説が伝わっているのだろうか? スカイホームではなく、トウキョウスカイホーム。似ているが無関係。誤解しないよう何度も言っておく。トウキョウスカイホーム。
トウキョウスカイホームの都市伝説。出だしの流れから想像はつくだろう。そう、トウキョウスカイホームはそういう家を提供しているという伝説である。ビジネスジェットかはたまた飛行船か。いやいや、本当に家そのものがそういうことになっているのである。
一体どうやって? 構造に関しては専門外でもある俺の立場では一句たりとも説明できないが、設計士はそんなドリーミーな家に住みたかったのだろう。とまあ、俺の勝手な後づけ空想に過ぎないが。とにかくドリームだ。いい響きだろう? ドリーム!
そしてこれは、この都市伝説はけして伝説なんかではないという物語。なぜなら俺がそこに住んでいるから。それこそ単なる空想だと言うなら実に結構。正しい判断である。俺はレジェンドでいいと思っている。レジェンド。実にいかしている!
ところで、そちらにもワケあり物件というものがあるだろう。妙に家賃が安いとウラがある。カーテンを開ければ墓地。過去に自殺ないし殺された住人。あっと缶ジュースを倒せば部屋の角へコロコロ転がり、天井には謎のシミ。それが手形に見えた日にはブルブル夜も眠れない。ウラを知れば拒否したい。不動産屋は何としても住まわせ売り上げを得たい。だから安くするしかない。嗚呼、ワケあり物件。
さあ、前置きはここまでにしておこう。俺はこれより二階建ての空中楼閣に住んだことで始まったドラマを披露する。主導権は常にそちらにあるのだから、気楽にいこうぜ。
二、二つの玄関
日々精進。それが親父の口癖だった。元は祖父の口癖だった。元々は曾祖母の口癖だった。とにかく我が扇ヶ谷家は『日々精進』が信条として受け継がれてきた。
それに由来して俺の名前は尚仁となった。家にあった家系図を開けば出るわ、出るわ。尚仁丸に尚仁ノ介。はたまた尚仁衛門に尚子に仁子。ルビがめんどくせぇな。とにかく漢字を変換させたり読みを変えたりして使い回すそのセンス。扇ヶ谷だけにな。知能指数70ジョーク。
俺は期待に応えなければならなかった。長男なら尚更である。特に苦ではなかった。さすが扇ヶ谷家代々の血筋といえよう。テストで99点取っても心底悔やみ、100点満点を取れるまで勉強し、逆上がりも飛び箱も二重飛びも、俺の目に見えない仙人から免許皆伝されるまで練習した。俺はやればできる男であると誇りすら感じていたし、目に見えない仙人もよくできた弟子だとほめてくれた。
ところが周りの影響とは凄まじい。中学高校と進むにつれて妥協というスキルを会得した。満点を取る必要はない。平均点さえ越えていればいい。マラソンだって100人中50人以内にゴールすればいい。いいや、リタイアせずにゴールさえすればオールオーケー。びりっけつが、それもおデブちゃんが豚骨スープをほとばしらせながらゴールへと突き進むあの神聖な空気ときたら。ロッキーもエイドリアぁぁぁンと叫びたくなる。THE感化。
一位になればその上はない。現状維持は大変なのだ。努力が当たり前なのは誰よりも承知していたつもりだ。しかし俺は悟った。精進すると消尽すると。別にダジャレが言いたかったワケではない。あの子はいつもがんばっていて偉いねえ、さすが精進家の子ねえ、と先生やご近所さん、そして親戚中に褒めちぎられていると、人目を気にするあまり本当の自分を見せるタイミングを逃す。どれだけいるのだろうか、輪に溶けこむためにキャラクターを偽り続け、一日の表裏に悩まされている同世代の若者たち。悲しきかな。
俺はボクシングチャンピオンの防衛戦の不戦敗を選んだ。親父は俺がふぬけた男に成り下がったことが気に食わなかっただろうが、俺は勉強をきちんとこなし、運動もなまらない程度にやっていた。したがって親父は叱ろうにも叱れず、一言「精進しろよ」とだけオウムのように言い続けるだけであった。
俺は『日々精進』に束縛された世界から抜け出すため、県外の泰京大学の受験勉強に励んだ。皮肉にも机の前で精進した。
そして三月下旬。蛍雪の功で泰大の教育学部に合格した俺は実家を出ることになった。
「忘れ物はないか?」
それが玄関口で投げた親父のセリフである。俺は「ねえ」と答えた。母さんは駅まで見送ってくれたが、親父は一歩も外へ出ようとはしなかった。俺が踏みだした世界の空気を吸いたくなかったのだろう。
俺は駅長の海松さんと握手を交わした。海松さんは松崎しげるに似ている。目尻のシワを深く作って「自分らしくボチボチやりぁ」と励ましてくれた。親父なんかよりも彼の方がよっぽど俺のことを理解している。
俺は電車の中で遠ざかる田舎町と海浜公園に言った。
「あばよ日々精進。ざまあ味噌汁」
これで親父の『日々精進』を聞くことはない。そう思うと清々した。
◇◇◇
仕送りは月に一度、母さん名義で送ってくれることになっていた。額は変動制であり、あまり期待はするなと何本もの釘を刺されている。弟と妹がいるので俺ばかりにカネは注げないのである。その上このご時世、奨学金返済を目的とした貯金を言わずもがな強いられている。
学生寮は満員。俺は泰大か駅ないしバス停に近くて安い部屋を探した。あらかじめこの新しい土地に足を運んで決めておくべきだったのだが、気持ちが先走っていた。
「あの、外に貼ってあった築20年のアパート4万円のやつですけど」
俺は向かいでずっしりと腰かけている脂ぎった男に言った。
「ああ、あれですか? あれはもう契約済みです」
「じゃあ、はがしといてくれませんか?」
「これからそうしようと思っていたところでして」
俺は眉をひそめる。脂の臭いと、湿ったハンカチで額をぬぐう様は生理的に受けつけられない。豚骨スープをほとばしらせていたおデブちゃんの方が愛嬌はなみなみとあってよかった。彼の爆弾おにぎりをほおばる様子を思い出すと多少のイライラは収めることに成功した。デブは男女問わず癒し系に限るということだ。
非癒し系の男はノルマを達成すべく次々と物件を紹介してきたが、俺は萎えていた。俺は富裕層に属さないごく一般な学生であって、学生が所持する金額の全国平均をリサーチしたうえで商品を提供するべきだとは思わないか? 思うべきだろう。
「もう結構です」
俺は早々と退出した。どの不動産屋も空回りに終わったこの日は漫画喫茶で寝泊まりに確定した。
翌日の物件巡りでは、あるところは寝台列車の個室のごとし。あるところは風呂なしでトイレは外。あるところは夜な夜な何かが部屋を歩き回るだのと不発の連続。金がなければ相応の生活を強いられ、そして楽しまなければならないが、ホラーの類はおことわりである。
道すがら、炭酸飲料が飲みたい気分とあいなる。早咲きの桜並木に対し風情も感じずにながめつつ、いっそのこと漫画喫茶に入り浸ろうかという名案を浮かばせながら自動販売機に小銭を入れた。
そこで携帯電話に着信があった。曲は甲子園の定番♪コンバットマーチ♪である。
「もしもーし」
『もしもしオギー?』
軽薄な声の主は中学からの友人。サンシンこと、真水良介。中学で野球部補欠だったこいつは、生まれたての小鹿フォームで空振り三振を披露し、グラウンド内外を騒然とさせた。だからサンシン。初めはマミーと呼ばれていたのが、それを打ち消すほどに奴のプレーはゲロまずい印象を人々に植えつけたのだ。
そんなこいつの着信に対し♪コンバットマーチ♪を設定しているのは皮肉のつもりなのだが、本人はケロッとしている。
『今はもうそっちにおるげんろ? 住むとこ決まったんが?』
「なーん、全然見つからん」
俺はCCレモンのボタンを押す。ペットボトルの落ちる音がサンシンの間抜けた『そっかー』とかぶる。俺と同じ泰大の教育学部に合格。まんまと学生寮に入居。これはAO入試と一般入試が始まる時期の違いのせいに違いないのだが、けしてスポーツ枠で推薦されたのではないことを強調しておきたい。
『じゃあさー、オギ。トウキョウスカイホームって知っとっけ?』
「スカイホーム?」
『トウキョウ、スカイホーム。試験受けに行ったあと超絶に暇持て余してぶらぶらして見つけてんけど。結構安いやつあった記憶あるげんてなあ』
友人の記憶力を頼りにその不動産屋を探した。表通りから外れ、某・赤レンガ倉庫を彷彿とさせる高架の下にあるラーメン屋や居酒屋を抜け、コンビニエンスストアと古びたゲームセンター、昔ながらのタバコ屋を通過し……危うく通過しそうなところ発見したのが小高いビルに挟まれた平屋であった。
ビタミンCが喉を小気味よく刺激する。日陰の下、ローソンのそれにも似た、テカテカの青い下地に白のポップな横文字で《トウキョウスカイホーム》というレトロチックな看板が掲げてある。木製のプランターが並び、影から逃れて膨らんだ赤い蕾はそろそろ咲きそうで。
透明なガラスブロックの中は暗い。窓辺には陶器のカエルの置物がミニチュアのベンチに座り、つぶらな瞳で俺を見つめている。ドア横の掲示板には――
☆定休日は月曜日と祝日、他不規則だよ☆
☆営業時間は大体午後1時から大体午後10時までだよ☆
――と、ある。なんて曖昧な。
俺は携帯電話で時刻を確認し、引き返した。さっき見つけたチェーン店らしき《エリザベスドーナツ》の二階の窓際で音楽ゲームアプリを使って時間を潰し、再び足を運んだ。
まだ中は暗かった。しかしドアにははっきりと《営業中》とあったので遠慮なくドアを開けてやる。チャイムが鳴ると同時に明かりがつくシステムのようだった。
「はいはーい」
少し遅れて素っ頓狂な声が奥からした。のれんをくぐって顔を出したのは、キューピーのように髪が薄く丸顔寸胴の、店のロゴが入った青いエプロンを着たおっさん。名札には《東京》とあった。
「はいはい。学生さん?」
「大学か、駅に近いとこ探してるんスけど」
「どちらの大学ですか?」
「泰京大学の川蝉キャンパスです」
「紅茶とコーヒー、どちらがよろしいですか?」
「え? あ、コーヒー」
本当は紅茶の方が好きなのだが、つい言いやすさで滑らせた。「フィッシュ・オア・ビーフ?」と聞かれたらフィッシュと言いたくなるアレだ。
東京のおっさんはカウンターで手早くコーヒーを用意している。香りだけでインスタントではないと物語っていた。
「これサービス。じゃあ、ちょーっと待っててね」
おっさんはラジオをかけると「んふふ」と小気味悪く笑い、いそいそと奥へと引っ込んだ。俺は丸椅子に腰かけ、シュガースティックを二本、コーヒーフレッシュを一つ器から取った。コーヒーをかき混ぜながら周囲を見渡す。
窮屈だ。不動産屋とは思えないものが所狭しとある。壁には南米にありそうな木彫りの仮面や人形。真実の口のレプリカ。天井にはたしか曼荼羅だったか赤い壁紙。部屋の角には象頭の神様の置物。吐くものがないマーライオン。サインポールに初期のペコちゃんまでいる。
かなりひどい収集癖があるらしい。趣味を仕事場に持ってきてどうするのか、呆れつつもコーヒーに口をつける。ほどよい苦みとまろやかさ、そして酸味がレモン炭酸飲料で甘ったるくなっていた喉を通る。汗まみれのペットボトルを視界の片隅に、こぶしをきかせまくった演歌に耳をかたむけつつ、おっさんを待った。
「おまたせしましたー」
おっさんが薄いファイルを二冊持って戻ってきた。
「こちらは泰京大学まで10キロ以内で、自転車で通える距離です。徒歩1分のところに駐輪場も自転車屋さんもありますよ。こちらは南大藤駅とバス停まで徒歩15分以内。どちらも家賃3万円以下になっておりますんで、はい」
「マジで?」
これはアレか。地道な営業で築き上げてきた人脈というやつなのか。俺はページをめくり吟味する。サンシンに感謝しようと思った矢先に野草の臭いがして目を向けると、おっさんも身を乗り出してファイルをのぞきこんでいた。額がつきそうなほどのLOVE距離だったので俺は少し後退する。口臭がなかっただけマシだが 。
「ありませんでしたか?」
一冊目を閉じる俺に「むふふ」と営業スマイルするおっさん。気持ち悪いと思いながら二冊目を開き、目を疑った。
写真が載っていないその物件は、ビルの二階にある5LFKで、ルームシェア。水道、光熱費、敷金礼金なしの家賃12万円。『店長おすすめ!』と書かれた吹き出しがあり、その下にも吹き出しがあった。そこにはこうあった。
空を飛んでいるお家だよ!\(^o^)/
何が『\(^o^)/オワタ』だ。ふざけてんのかこのキューピーは。俺は次のページをめくることにしたが、おっさんはニコニコしながらしれっとページの角を押さえ、話をふっかけてきた 。
「こちらはわたくし、店長おすすめのお家です」
「空飛ぶ家、スか」
俺の笑いは乾き、俺の目に見えない仙人が「手をど・け・ろ」とキューピー3分クッキングのテーマ曲に乗って弟子に変わって訴える。
「いえいえ、こちらは書いてある通りのお家です。既にそうなっておりますので、はい」
おっさんはこちらの顔色も仙人のありがたき美声も気にしていなかった。
「飛行船か何かスか?」
「いえ、二階建てのお家です。おとなりのビルの中にあります」
しかもおとなりときたものだ。ビルの二階の中に空を飛んでいる二階建ての家。仙人の智行をもってしても理解が追いつかない。やばいおっさんだ。
「ビルの中にあるのに、どう飛んでるんスか?」
「それは当店の企業秘密なので。家賃は12万円となっておりますが、割り勘制ですね。只今2名様がご入居済みなので、お客様がお入りになりますと4万円になります。基本的な家具はそろえてありますし、リビングにはエアコン。各部屋にも扇風機とストーブがあります。トイレとお風呂とキッチンは共同です。よくトイレとお風呂が同じ空間にあっては嫌だとおっしゃるお客様がおられますが、こちらはちゃんと隔離してありますよ。ちなみに入口は正面玄関と裏口の二箇所あります。ルームシェアリングも楽しいですよ。壁も厚いので大袈裟に騒がなければお部屋でひとりプライベートな時間も過ごせます。あ、ネット環境も整っていますから、工事費はいらないですよ。バス停ならあっちの方の高架下くぐった先にありますよ。ちゃんと大学前にも止まってくれますし。おすすめです、はい」
揚げ足を取りにかかった俺に対抗し、饒舌に説明を繰り広げた東京のおっさん。
「ていうか、いくら何でも5LFKで諸々込みの12万を割り勘って安くないスか? 何かワケありスか? ものすごく古いとか」
「そーう、ですね。あえて言えば、ベランダがないので洗濯物は部屋干しになるってとこですかね。こちらはまだまだ新築そのものですよ」
部屋干しとかどうでもいいんだよ。それに俺がわざと5LFKと強調してあげているのに対し無反応ときた。都合の悪いことは聞き流す常套手段。デート商法の片鱗だ。
「ふたり住んでるって言いましたけど、どんな人がいるんスか?」
「とってもステキなお二方ですよ! それにおとなりですからね。何か問題があればわたくしにおっしゃってください。即座に解消いたしますから」
おっさんは住まわせようとしていた。こうして被害者は3人になってしまうワケだ。このおっさんが常にとなりで待機していると思うと気が引ける。しかし空を飛んでいるという釈然としない点や同居人の存在を除けばこの上ない物件。4万円は魅力的だ。仕送りでスッパリ払ってしまえる。このまま諦めるのはもったいない気がしてきた。
……ていうか、俺はどうして住む方向に前向きになろうとしているのか。これはデート商法だ。ぼったくりバーだ。新興宗教の勧誘だ。ボクはヨブ記に関心があります! これからのれんの向こうから屈強な男が現れるに違いないのだ。ああしまった! コーヒーを飲んでしまった! きっと50万円を請求してくるに違いない! そして売り上げの50万円で新たな骨董品を買って『へへ、いいだろう? バカな小鴨が店に来てくれたおかげだゼィ』と屈強な男に自慢するのだ!
「一度見学したいんスけど」
「ご入居前の見学は残念ながらできかねますので、ご入居ご希望でしたらこの場でどうぞ」
「なんで見れないんスか」
これでは勘所を押さえられない。
「こちらは特別物件なので。他社の耳にはちょっと。このご時世、取るか取られるかですから。うっふふ」
頬を染めて笑ってごまかすおっさん。見学だけして吹聴するマネをされたくないらしい。そこまで大それたものをこんなヘンテコな店にあるというのだろうか。
万が一のときはサンシンを民事に訴えるか連帯保証人にするかにして、俺はこの怪しい物件を契約することにした。もう不動産屋を巡るのが面倒で、つまるところ妥協である。そして何をどう空を飛んでいるのか、確かめてやろうという思いも事実。壁紙が空の模様だったというオチなら、おっさんの残りの大切な髪を引きちぎるつもりで契約を解除させてもらうと心に決めた。
そんなことをつゆ知らず、きゃぴきゃぴ(実はオカマではないか?)と契約書を用意した。そこで、俺は契約書の最後の二行に不審を抱いた。
イナワイ ユナワイ モラナサイ
シリュート ターニン イウニイワレナイ
なんじゃこりゃ?
「そこにサインとハンコです」
言われるがまま、吸い寄せられるかのようにナゾの文章の下にサインし、認め印を押す。ああオワタ。おっさんはすかさず契約書を引っ込め、洋風の金色の鍵を差し出してきた。
「では扇ヶ谷様。こちらが鍵になります。出て右側のビルにある階段を上がってすぐのドアになります。すぐわかりますよ」
おっさんはひとりで行けと言っている。この人の他に店員がいる気配はなかった。絶対コーヒーに何かヘンなものが混入されていたと思う。
つづく
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ビビり散らかして喜ぶよクワシマは(V)o¥o(V)