野口良平「幕末人物列伝 攘夷と開国」 第6話 渡辺崋山(4)
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田原藩の財政はひっ迫し、藩士の生活は窮乏をきわめる一方だった。そして、それに何一つ有効な手を打てない無力感が、藩士たちの気風を頽廃的で自堕落なものに変えていった。
崋山は、年寄役末席として藩政に参与するようになった父からも、無力無能な藩の内情を知らされていたのかもしれない。
崋山のなかには、自らの窮乏生活を打開する鍵は、藩士たちや領民の窮乏生活を打開すること、すなわち政治的実践のなかにもあるのではないか、という考えが芽生えたようである。
文政元(1818)年のはじめ、数え26歳の崋山は、同志たちとともに学問の振興による藩政革新運動を起こしたが、あえなく藩要路に阻まれてしまう。
腐りはてた藩政に絶望した崋山は、もはや天下第一の画工になって家族の貧を救う以外に道はないと思いつめ、脱藩して長崎に赴き画業に専念しようとしたが、その気配を察知した両親の切なる反対を受けると、思いとどまらないわけにはいかなかった。
同じ年の11月、崋山は風俗画集「一掃百態図」を一挙に描き上げた。
鎌倉期から江戸の明和期までの古風俗が10図、同時代、つまり幕藩体制衰退期における江戸の市井の風俗が41図。これに前文(風俗画論)と、その下書きらしきものとが付される。



渡辺華山 (登) 著『一掃百態』,渡辺諧,明17.6.複製
( 国立国会図書館デジタルコレクション)★
崋山オリジナル図像データを田原市博物館に申請準備中
「一掃」とは一筆描きのこと。素早く鋭い筆致で、かつ上品な仕上がり。大名行列や武芸の稽古のような武家の風俗から、一斉授業を原則としない寺小屋の子供たち、落語、金魚すくい、人足、雪駄直しのような士農工商、さらに被差別部落民におよぶ368人の人びとの生態が、リアルに、そして鮮やかに描きとめられている。これらの人びとのうちに崋山は、同じ人間を見いだそうとしているのである。

( 国立国会図書館デジタルコレクション)
★崋山オリジナル図像データを田原市博物館に申請準備中

日比野秀男 [著]『渡辺崋山の作画と海防思想』p150より引用
(. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3121509
当時の儒学の通念に従えば、ここに描かれているような市井の風俗は、公的なものの一段下に価値づけられるべきものだった。
その意味でこの画集は、儒学の枠をはみだしている。それと同時に、当時の南画の通念に従えば、そこで描かれるべき題材は、社会生活とは無関係の現実逃避的な世界に限られるものだった。
その意味でこの画集は、南画の枠をもはみだしていた。
政治へのめざめとともに崋山は、まったく独自の、そして周囲からは孤立した画境へと歩みだしていたと言えるだろう。
文政6(1823)年、31歳の崋山は、田原藩士和田伝の娘で17歳のたか(1807-71)と結婚。
このとき、自らへのいましめとして「心の掟」を執筆したが、その冒頭にはこう書かれている。
一、両親を匱しからず致すべき様心得の事。
一、学問をして遠く慮り、画をかきて急を救ふ事。書物は経書画書この外見るべからず候事。
だがその翌年、父定通が病没。このとき崋山は、泣きむせびながら筆をとり、刀をかたわらに置いて端座する、痩身の父の肖像画を描いている。

渡辺崋山画「渡辺巴洲像画稿」重要文化財、田原市博物館蔵
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■写真について
※ヘッダー写真:崋山画「一掃百態図」★★
日比野秀男 [著]『渡辺崋山の作画と海防思想』より引用させて頂きました。
https://dl.ndl.go.jp/pid/3121509 (参照 2026-01-12)p150
田原市博物館にオリジナル画像データの利用申請を準備中。
※★=崋山画の「一掃百態図」は田原市博物館蔵。利用申請を準備中。
※★★=オリジナルデータを田原市博物館に利用申請準備中。
田原市博物館収蔵資料データ https://jmapps.ne.jp/taharaaichi/index.html
■参考文献
■著者プロフィール
野口良平 のぐち・りょうへい
思想史家、文筆家。
著書に『「大菩薩峠」の世界像』(平凡社、二〇〇九年、第一八回橋本峰雄賞受賞)、『幕末的思考』(みすず書房、二〇一七年)、最新刊に『列島哲学史』(みすず書房、二〇二五年)がある。
訳書にルイ・メナンド『メタフィジカル・クラブ 米国一〇〇年の精神史』(共訳、みすず書房、二〇一一年)、マイケル・ワート『明治維新の敗者たち 小栗上野介をめぐる記憶と歴史』(みすず書房、二〇一九年)。
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*全文章の著作権は、著者(野口良平先生)に、版権は、編集工房けいこう舎に帰属します。無断転載はなさらないでください。
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(けいこう舎編集部)
