チンパンジー・リーダー
チンパンジーはヒトに最も近い動物と言われ、「文化」、「道具利用」、「言語(シンボル操作)」、「政治」、さらには心理学の「心の理論」などの分野で、他のどんな動物よりもヒトに近い能力を持っていることが分かっています。
しかし、残念ながらそれらの能力はいずれも萌芽的段階に留まっていて、決してヒトのレベルに達する事はありません。
なぜなのでしょう?
チンパンジーが乗り越えることのできない壁とは、一体何なのでしょう?
それが分かれば、ヒトとチンパンジーの違いもわかるはずです。
それに関して、動物行動学者の長谷川寿一は、とても興味深い見解を示しています。
「何が欠けているかと言えば、それこそがソーシャル・ブレインだった」
ソーシャル・ブレインとは、文字通り「社会脳」のこと。
最近、最も注目されている脳機能の一つですが、辞書によるとその定義は以下のようになります。
「社会的な人間関係を築く上で必要な脳機能のこと」
何だか、分かったような、分からないような話ですよね。
ちょっと遠回りにはなりますが、高次の脳機能の象徴である「知性」から解説しましょう。
ヒトの知性というのは単一のものではなく、様々な種類の知性によって構成されていると言われています。
この「多重知能説」を唱えるハワード・ガードナーによれば、知性というのは「言語的知性」や「論理数学的知性」などの他に、「空間的知性」など全部でなんと8種類もあるそうです。
その中の「社会的知性」にあたるのが、「社会脳」と考えられます。
ハワード・ガードナーは、IQ(知能指数)とは、それら8種類の知性のベクトルの総和であると定義しました。
つまり、それらのバランスがとても重要だということです。
会社の中を見渡すと、「頭はキレるが、周りがついてこない」というリーダーが見つかることがありますが、これなどは「論理数学的知性」が突出して高いのに、「社会的知性」がきわめて低いケースと考えられます。
では、「社会的知性」を高めるにはどうしたらよいのでしょう。
残念ながら学術的な答えはまだ得られていません。
なんとなく「コミュニケーション能力を鍛えなければならないだろうな」ということぐらいはわかりますが、その辺は今後の研究に期待したいところです。
ただその件に関しても、長谷川は実に示唆的な発言をしていますので、再度ご登場願いましょう。
「ソーシャル・ブレインに深く関わる『共感』と『教育』については、野生・飼育を問わずチンパンジーからの証拠はほとんどないと言ってよい」
つまり、チンパンジーには「共感」と「教育」が欠けているため、社会脳を発達させることができず、その結果ヒトのような高度な社会を作れなかったということです。
確かに日本のヒト社会を見ると、細部に至るまで「教育」システムが構築されています。
幼児教育、義務教育、高等教育、そして会社に入れば社員教育・・・。
高度な教育システムを構築することにより、ヒト社会を維持・発展させるための決まり事を学んだり、また人類が獲得した様々な知見が一般化されて世の中に広く知らしめられたり、後世に継承されてきたりしたわけです。
では、「共感」の方はどうでしょう。
「教育」ほどは、システム化されていませんよね。
ところで、心理学者の福島宏器によると、「共感」は人間だけに見られるものではないそうです。
例えば、イルカが岸に打ち上げられた仲間から離れようとせず、その結果群れ全体が死んでしまう現象などは、間違いなく「共感」と言えます。
イルカだけではありません。
アカゲザルで行った、実に面白い実験があります。
まず1頭のサルに「多いエサ」か、「少ないエサ」かどちらかを選ばせます。
このとき「多いエサ」を選ぶと、隣のケージにいる仲間のサルに電気ショックが与えられる仕掛けになっています。
つまり、「多いエサ」を選ぶ度に、仲間が苦しむ姿を見せつけられることになるのです。
もちろん、「少ないエサ」の時は何も起こりません。
これをしばらく続けたところ、驚くべき結果になりました。
実験したサルのうち2/3は、「少ないエサ」の方しか取らなくなったのです。
これは、仲間の痛みを自分の痛みとして感じた、すなわち「共感」したということです。
では、残りの1/3のサルはどうなったかと言うと、全くエサを取らなくなってしまいました。
エサを取ることができない仲間の気持ちを思いやったのでしょうか。
もし、そうだとすると、恐るべき共感力と言わざるを得ません。
しかし、ここで不思議に思うのは、アカゲザルよりも圧倒的に進化していて、ヒトに近いはずのチンパンジーでは、このような結果が得られなかったということです。
一体なぜなのでしょうか。
ここからはあくまで私の仮説でしかないのですが、チンパンジーは「論理数学的知性」を発達させる代償として、「社会的知性」に関係する「共感」の能力を退化させてしまったのではないでしょうか。
頭はキレるが周りがついてこないリーダーというのは、もしかしたらこのケースではないかと思うのです。
だとしたら、まさに「チンパンジー・リーダー」。
あなたの会社にもいませんか?
でも、安心してください。
解決策はありますよ。
ハワード・ガードナーは、8種類の知性の中のひとつに「感情的知性」というものを挙げています。
その定義は、「他者の感情を読み取って、自分の感情をコントロールする能力」です。
分かりやすく言うと「相手の感情を推測し、自分の感情をそれにシンクロさせる能力」ということになります。
これこそまさに「共感」ではありませんか!
どうやら「社会的知性」と「感情的知性」は、密接に関係しているようです。
そして偉大なるヒトは、「共感を教育する」こともしてきたのです。
幼児教育や義務教育における「情操教育」がそれです。
でも、高等教育以降となると、情操教育の機会はそれほど多くありません。
特に、社員教育ではほぼ皆無ですよね。
あなたの職場の雰囲気がギスギスしているなと感じたら、今一度ヒトとしての基本に立ち返って、社員教育における「共感」教育というものを考えてみませんか。
きっとパワハラ事案も減るし、メンタル不全者も減りますよ。
