自分の人生において、他人はどーでもいい。《スペシャリティな人生を生きよう!》
他人に振り回されない生き方の話




■人間社会はマウント合戦場
同窓会に行くと、大手企業に入ったヤツ、美人を手に入れたヤツなどが、両腕をブンブン振り回して、マウントを取るという話をよく聞きます。
その点、私には友達がおらず、同窓会に誘われる事がそもそもない為、問題はない(?)ですが、
そんなマウンティング合戦が、目の前で繰り広げられたとしたら、精神的に耐えられず、オロロロロとゲロが滝の様に流れ落ちる事は避けられないでしょう。

人間社会は比較によって成り立っています。
他者に比べて、自分がどの立ち位置にいるのかを、人は常に気にしています。
それによって、喜びを感じたり哀しみを感じたりするので、このマウンティング構造が発生するのは、ある種、当然の帰結だとも言えるでしょう。

ここで注視したいのが、他者にマウンティングを取る事を人生の目的に据えてしまう人がいる事です。
先ほども述べました通り、マウンティングを取る事で、人は甘い蜜を吸う事ができるのは確かです
だからこそ『他者よりも優れていたい』という欲求を満たすためだけに、大手企業でやりたくない仕事に従事している人が存在するのです。
本当にやりたい事があっても、それでは他者にマウンティングを取れないと分かれば、そのやりたい事には蓋をしてしまう事があるのです。

はたして、
そこに本当の幸せがあるのでしょうか?
あなたも一度、
自分の人生を振り返ってみて下さい。

周囲に自慢したい為に、もしくは親に安心感を与える為に、職業選択の幅を無理矢理縮めてしまってはいませんでしょうか?
本当にやりたい仕事に就かず、名声を得る為だけに、その仕事に従事するのは、私からすると『愚か』としか言い様がありません。
たいていの会社員は、週5勤務8時間労働を余儀なくされています。
一方で、人に自慢できるのが、一年に一度の同窓会だけだったとしたら、これほどコスパが悪く残念な事はありません。
この残念構造に気づく事ができず、ズルズルとやりたくない仕事をし続けて、人生を無駄に浪費してしまう人がなんと多い事でしょう。

■マウンティングされる運命
比較社会の中に身を置くと、マウンティングという方法で甘い蜜を吸えるという事を先に述べてきましたが、
マウンティング構造の中に身を置くということは、得手してマウンティングを取られる事にも繋がりやすいです。
たとえ、大企業に入っていても、そんな人間は数多存在しており、大企業に入っている人間よりもお金を稼ぎ、上位の存在に成り得ている経営者などの人間も数多く存在する社会なので、
マウンティングを簡単に取られてしまうのが、オチです。
つまり、どれだけ上り詰めても、上には上がいてキリがないのが、この人間社会であるから、
比較社会に身を置いて、マウンティングを繰り返している人は、いつかそんな上位の存在に出会い、『自分はちっぽけだ、、、』と絶望する事になります。
マウンティングを取る為に、やりたくない仕事をしている人は、ここで存在価値を完全に失います。

哀しいですね。
だからこそ、自分の魂が本当に求めて止まない仕事に就く必要があります。
他者を介さず充実感を感じられる仕事こそが、あなたの『真の仕事』であり、他者にマウンティングを取れる仕事は、あなたの『真の仕事』ではありません。

■『底辺職』就く私の話
では、ここで私自身の話をしてみます。
私は現在、『運送業』に就いています。
『運送業』は世間一般的に、『底辺職』と呼ばれる職業の一つだと言われています。
この間も、
底辺職ランキングという記事が炎上しました。
その記事の中で底辺職とされたのが、
以下の12職種です。
「土木・建設作業員」「警備スタッフ」「工場作業員」「倉庫作業員」「コンビニ店員」「清掃スタッフ」「トラック運転手」「ゴミ収集スタッフ」「飲食店スタッフ」「介護士」「保育士」「コールセンタースタッフ」
見事にトラック運転手もランクインしていますね。
しかし、私はこれを観ても全く動じる事はありませんでした。
それは他ならぬ私自身がこの仕事に満足を感じていたからであって、周囲が何と言おうとその根幹が揺らぐ事がないからでした。
私は人と関わらず黙々と作業ができ、
四六時中本を読んだり音楽を聴いたりできる、
この仕事を心底愛しているので、他者から見れば底辺な仕事だとしても、私からすれば極めて崇高で最高過ぎる仕事にしか見えていないのです。
▼運送業について詳しく語った記事
そもそも、汗水垂らして必死に働いている人は等しく尊いので、職種によって底辺だなんだと決めつけるのは、しょーもないなぁと思ってしまいます。
そんな人は、おそらく狭い視野の中に囚われた『籠の中の鳥』に過ぎないのだと思います。
狭い視野の中で、他者から尊敬される為だけに生きる、哀しき生物なのでしょう。
そんな人間の言う事は無視して、
自由に世界を見ましょう。
変なフィルターを介す事なく、
あなただけの人生を創造してください。
その先にしか、本当の幸せはありません。
あなたが本当の幸せを見つけ出せる
審美眼を身につける事を願っております。

最後に、
社会の固定概念をぶち壊すための書籍を紹介します。
『不幸論』中島義道 著です。
この書籍は、世間一般が『幸福』とする価値観へのアンチテーゼと、その価値観の押し付けがましさを改めて感じさせてくれる良書です。結婚・出産などの大多数が幸福とする出来事は、決して万人共通ではない。だから、個々人が自分にとって心地の良い場所を模索する必要があり、そもそも幸せを求ようとする現代社会自体が大きな間違いを孕んでいるのではないかという所まで、考えを巡らさせられます。ぜひ、お読みください。↓価格バグってます。
おわりに、
最後に、
『mimic wood owls』という名義で、
エレクトロ音楽創りに専念しております。
今回は、
お洒落に着飾り、優雅に街を闊歩する女ネコがいた。この日もセレブパーティが控えており、イケメンネコとのあれこれを妄想しては、ニヤつきが止まらない。この時、女ネコはパーティ前にバナナの皮を踏んで、無様にコケる事をまだ知らない。
という透明感を孕んだ曲です。
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▼社会不適合者の職業選択
▼毒親支配からの脱却
▼本当の自由とはなんだろう?
