「純文学」の危機
今日は夕方から、芥川賞と直木賞の選考会がある。私は芥川賞の候補作は全部読んだが、一番まともだと思ったのは「ソリティアおじさん」だが、受賞作なしでも構わないと思う。しかし、前々回の芥川賞が受賞作なしだった時に、書店や流通が困ったというので、前回は無理して出した結果、読者からそっぽを向かれ、まるで売れないという結果になった。私は候補作の中では「BOXBOXBOXBOX」が受賞していればこれほどひどいことにはならなかったと思うが。
さて、現在かつてない出版不況で、本を出しても売れなくなっている。新書でさえ売れない、どころか、政治や経済の時事ものや、「60歳過ぎてこそ人生」みたいな老人鼓舞ものでないと企画を通らない。特に純文学はひどい状態で、過去十年の芥川賞受賞作家の新刊が出ても全然売れない。中には、文藝雑誌には載せてもらえるが単行本にしてもらえないという若手作家も多い。もっとも、私は柄谷行人ではなく、20世紀末に中村真一郎が言ったように、文学の全盛期は20世紀前半で過ぎていて、あとは衰退に向かうしかないと思っているが、それにしても、今の芥川賞の候補作や受賞作の選び方を見ていると、「加速主義」で、衰退をあおっているのかというくらい、一般の読者に理解不能なものを選んでいる気がする。選んでいるのは文春の文藝編集者だが、なんでこうも売れるかどうかということを考えないのか、すでに頭が前衛脳になっているのかと首をかしげる。
では昔の「純文学」は面白かったのかというと、そこが一般人の理解していないところだと思うので説明すると、戦後に限っていえば、第一線の作家たちは、看板として純文学作家を掲げつつ、適宜通俗小説も書くことで、自身の家計と出版社と文藝を守っていた。川端康成、丹羽文雄、三島、井上靖、遠藤周作などで、これは今でも村上春樹、村上龍、小川洋子、髙樹のぶ子、宮本輝などがやっている。それに対して売れないが名前は知られた純文学作家もいて、野間宏、椎名麟三、埴谷雄高から、津島佑子、立松和平、日野啓三などがいて、野間の場合は共産党員が買っていたとされ、埴谷は、僧侶としての収入がある武田泰淳が生活を支えていたとされる。津島や日野は、多くの文学賞をとることで文学の名誉を守り、そのために出版社が出してくれたという作家である。津島や高橋たか子など、今考えるとよく出してくれたなというような作風の作家もいる。大江健三郎は、純文学でありながらその前半、1970年代まではその特異な作風のため売れる作家だったが、後半になって普通の売れない作家になった。古井由吉は、ある時期から読みにくい文章を書くようになり、多くの読者は得られなかったが、東大大学院をへたドイツ文学者ということもあり、長く「何だか分からないが偉い作家」ということで遇されていた。
今でも、「コンビニ人間」や「推し、燃ゆ」「ハンチバック」「東京都同情塔」など、芥川賞受賞作が話題になり、売れるということはある。だが、井戸川射子のような、前衛詩をそのまま小説にしたような作家が台頭してきているのは、文藝編集者がそちらを好むようになっているからであろう。今回も、「ゾンビ」などが受賞したら前回と同じ、読者にそっぽを向かれるだろう。
藝術至上主義を掲げて、売れなくてもいいものはいい、という立場をとることは可能だが、そもそも文藝春秋も新潮社も講談社も営利企業である。今後もメセナ活動として売れない純文学を出し続けるという姿勢をとるならいいが、現状では、芥川賞をとった作家なら、三作くらいは売れなくても出すという姿勢をとっているだけで、しかも出しても売れないのでは生計が成り立たないから、将来的に純文学作家は、大学の先生になるか、本来の仕事のかたわら書くかしかなくなるだろう。すでに外国ではそうなりつつある。それとも演劇がそうなっているように、国から純文学に補助金を出してもらうことになるのか?
西村賢太は死んでからも人気があるが、今の文藝誌は、アニー・エルノーがノーベル賞をとったというのに、金原ひとみなど例外を除いて、私が純文学の精髄だと考える私小説を冷遇している。今回、鈴木涼美の候補作が私小説っぽいと言われているが、あの人の小説は私小説のキモのところ、つまりAV女優としての経験を書いてないのではないか。その上今回は、生きている父親を死なせている。私小説は事実を変形してもいいのだが、良くない変形の仕方をしていると思う。ただし、今回もし鈴木が受賞したとしたら、ある種の名声のある作家なので、それほどひどいことにはならないだろう。
ちょうど村上春樹の新刊『夏帆』が売れているが、私の周囲ではあまり評判が良くない。だが私は、反春樹派だが、芥川賞の候補作を読んでいるおかげで、春樹のほうがずっと読みやすいし面白いと思ってしまう。妙な話だ。私は芥川賞や文藝雑誌はあと二、三年で命脈が尽きると思ってはいるが、何もそれを加速させる必要はないんじゃないかと思う。
