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楽しかったあの頃、瞬きの間に終わった思い出。

記憶というのは不思議なもので、
そのときの感情と一緒に、色褪せずに残り続けることがあります。

あなたにも、
胸が張り裂けるほど苦しかったこともあれば、
心躍るような嬉しかったこともあったのではないでしょうか。

それらは、手に取るように思い出すことができるでしょうし、
嬉しかった記憶なら、何度でも味わいたくなるものです。

私がまだ元気だった頃、
友人と蛍を見に行きました。

川のせせらぎと、煌めく蛍の光。
かなり前のことなので、記憶が朧げなのですが、
心に滲むような、いい思い出です。

あの頃は、楽しかった。

しかし、「不登校」になってからは、
合わせる顔がなくなって、その友人とも疎遠になっていきました。

理由は人それぞれだと思いますが、
新しい友人や恋人ができることもあれば、
離ればなれになることもあるでしょう。

例えば、転校した友人から、
返ってこなくなった年賀状。

そんな関係性の変化は、
あなたにもあったのではないでしょうか。

私は、不登校からの「ひきこもり」になったこともあって、
多くの人が経験してきたような青春の記憶はありません。

そのせいか、心から惹かれる作品には偏りがあります。
恋愛がメインの物語だと、避けてしまうくらいです。

もちろん、有名な作品の中にも、
好きな作品は山ほどありますし、王道は大好きです。

ただ、何度も見たくなるほど突き刺さるかと言えば、
そこまでではないと感じる場合があるのは、私だけではないと思います。


最近というほどではないものの、
「虹色ほたる 〜永遠の夏休み〜」というアニメ映画を観ました。
原作の小説は知らなかったですし、
なんとなくで観てみたのですが、私にはかなり刺さりました。

友人と蛍を見に行ったことを、
無意識に思い出していたのかもしれません。
この記事を書いていて、
振り返ろうとしたときに、その記憶が蘇ってきました。

まだ何も決まっていなかった、
あの頃を思い出す作品でした。
なんのしがらみもなく、男女問わず仲良くしていたあの頃。

何もかもが淡くて、
パステルカラーのようでした。

いい思い出が、その頃くらいしかないからこそ、
真っ暗闇の中で光る蛍ように、輝いている。

それに、惹かれ続けている気がします。
決して届かない、もう戻れないものに手を伸ばしている。

あの頃に戻って、やり直してみたい。

もしあなたが、
私と同じような思いでいるのなら、
今はそれでいいような気もしています。

この永遠に欠けたままの、
絶対に埋まらないピースをかき集めようとするから、物語が生まれるのかもしれません。

あり得ないことを、叶えるために。


もっと顔が赤くなるような話をすると、
本気で好きになったのが、小学生の頃の同級生一人だけという始末で、
今でもその気持ちが消えていません。

ある日、
その子も近くにいたときに、教室で聞かれました。

「好きなんじゃないの?」
「いや、好きじゃないって」

いたたまれない沈黙。
目を合わせることもできません。

もちろん、現実は物語のようにはいきませんし、
その同級生は、見知らぬ誰かと結ばれたことでしょう。

どうして、私ではなかったんだろう。

今どうしているのか、知りたい。
でも、見たくはありません。


意外と、その渇きを、
満たしてくれる作品が見つからないものです。

おそらく、
まるで秘密基地のように、
ひっそりと隠れているのでしょう。


なかなか見つからないからこそ、
自分で書いているという面があるのも否めません。

王道が好きなので、
展開はその好みが反映されやすいのですが、
「鈴の音が響くころ」には、私の願いが息づいています。

やり直してみたい。
でも、それはできない。

そんな葛藤を抱えながら、
綴った作品になりました。

初期に書いた作品に、
自分の原液があふれてくるのは、あるあるなのでしょうね。
自信が持てない私でも、好みだなと思えるせいか、
「鈴の音が響くころ」は拙さはあるものの、気に入っています。

もし、あなたが切なくも懐かしい、
あの頃に浸ってみたいなら、おすすめの作品です。

あなたには、
忘れられない思い出はありますか?
それとも、
夢見てやまなかったシチュエーションを、今も追い求めていますか?

#小説 #エッセイ #パニック障害 #不登校 #ひきこもり #遠野圭人 #虹色ほたる

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